有頂天家族
森見登美彦という作家に特徴的なことは、3つ。
1.京都を舞台にする。
2.古典・名作をモチーフにする。
3.すべてはつながっている。
この「有頂天家族」も京都の話だ。
7つの章から成っていて、その最終章のタイトルが「有頂天家族」。
「納涼床の女神」
「母と雷神様」
「大文字納涼船合戦」
「金曜倶楽部」
「父の発つ日」
「夷川早雲の暗躍」
「有頂天家族」
文芸誌「パピルス」に5回にわたって掲載されたものに加筆、
書き下ろしを加え、7章立てとなっている。
現代の京都に、人と狸と天狗が住んでいるという想定。
もちろん、狸は人にも化ける。
大文字焼きの日には、狸も納涼船を出す。
ただし、混雑の地上や川を尻目に、空飛ぶ船!
天狗の術や小道具も一役買っている。
天狗は強い。狸は阿呆。
でも、時には狸の化かしが天狗に勝つ。
狸は人にも化けて、人間の暮らしを楽しむこともあるけど、
「有閑倶楽部」では、
1年に1度、狸を鍋にして食らう。
食物連鎖の一番上は、人間。これは、変わらない。
糺(ただす)ノ森に住む母狸と4人の子狸。
ひとかど(?)の狸で狸界の重鎮だった父・下鴨総一郎は、ある日死んでしまった。
狸世界の跡目争いに巻き込まれたこの家族。
キマジメな長男・矢一郎、
蛙に化けたら狸に戻れなくなっちゃった次男・矢二郎、
気ままに阿呆な生活が大好きな三男・矢三郎(これが主人公)、
怖がりですぐにシッポが出てしまう四男・矢四郎、
海のような慈愛で4人を包むも、趣味はタカラヅカ、弱点は雷の母親。
対する悪役狸一家は、夷川(えびすがわ)早雲と息子の金閣・銀閣。
そこに「狸鍋」を楽しみにする人間たち、
かつて化かされたことを根に持つ鞍馬の天狗たちが加わって、
京都の町は大騒ぎ!
どう考えてもきっと実在者をモデルにしたろう京大の酒飲みヘンクツ教授・天狗の「赤玉先生」、
人間なのに、天狗の技をどんどん覚えて「鞍馬天狗」たちを従え、人をたぶらかし、狸を喰う女・「弁天」、
絶対に本当の姿を見せず、ものかげから男言葉で悪態をつく女狸・「海星(カイセイ)」などなど、
キャラが立っている。
特に、颯爽として現代的な美しさを持つ悪女・弁天の、敵か味方が判じにくい描き方は、
ミステリアスかつクリアで気持ちがいい。
二代目に世代交代、大阪日本橋で趣味のカメラ店を開いている隠居天狗までいる。
そんな人、狸、天狗が
京都の町で生き生きと毎日を送るさまが、本当に肌から染み入るように馴染んでくる。
「なんでもあり」の仰天ストーリーもちっとも違和感なし!
だって、タヌキですからぁ。天狗ですからぁ。
テキさん、うまい設定を考えたものだ。
知ってる小路や寺や神社の名前がポンポン飛び出す。
有名な食事処の店名まで出るから、
京都の町を想像できる人なら、あなたも狸家族と一緒に京都ファンタジーへ仲間入り!
ともに大文字を愛で、
ともに糺ノ森や鴨川べりを散策し、
寺町通りあたりのバーで一服、
路地の奥の奥の骨董屋をひやかし、
春の桜、秋のもみじの色彩にひたれます。
軽妙な語りは宮崎駿の映画「平成狸合戦ぽんぽこ」をほうふつとさせる。
おかしさ満載の小説だけど、
どこかに哀愁の川音が聞こえる。
突然父を失って、無我夢中で過ごした遺族の1年の物語だ。
「どうして父は死んだのか」
「自分に何ができるのか」
「これからどうすればいいのか」
4人の兄弟が、それぞれに悩んでいるのがわかる。
反発もするけど、心は一つ。
そんな家族の物語だ。
心があったまる。
いい話だった。
森見さん、
日ごろはおちゃらけたり強がったりしている人間の、
コトバにできない悲しみを描くのがとてもうまい。
「カラマーゾフの兄弟」がモチーフだ、というふれこみだが、
そんなこと考えず、
ただ森見ワールドで遊ぶのがよい。
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