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我が心の太宰治


私が最初に出会った太宰は初期の短編集「晩年」だ。
秋になっても生き続ける蚊を「哀れ蚊」といって慈しむ祖母と少年との
どこかなまめかしいやりとりとか、
最初はこちらが憐れみをかけてやっていた男との関係が、
いつの間にか主従入れ代わり、のっぴきならない緊張感でへとへとになる
「彼は昔の彼ならず」などが、印象深い。
その後、「斜陽」「人間失格」とお決まりのコースを読み進むわけだが、
「二十世紀旗手」あたりまでくると、
もう文学を読んでいるというより
太宰治という人間の研究みたいになってくるのだった。
当時の私の日記を見ると、
太宰が乗り移ったかというほどそっくりの文体で、
「気恥ずかしい」「やっていやがる」などキーワードも満載。
「かぶれる」とはこういうことだというお手本のようなものだった。
彼は巧みに虚実織り交ぜてフィクションを書いているのだけれど、
未熟者の私は彼の身の上話を毎夜聞かされているみたいな感じになって、
「ボクはこんなにダメ人間なんです~」と泣きつかれ、
「そんなことない、そんなことない。あなたがダメなら私もダメダメ。わかるわ…」
みたいな関係が日に日に築かれていくのだった。
どうやら太宰は
実人生でもこのテで人をたらしこんでいたらしく、
気がつくと懐深く入りこまれ、
抱きつかれ上目づかいでニヤリとされては
男も女も彼のために
どうしても何かしてあげたくなってしまうらしかった。
絶筆となった「グッド・バイ」では、
そんな彼の憎めない質(たち)が見事に具現化されていて、
主人公が女の耳元で「グッド・バイ…」と囁く場面にはちょっとしたエクスタシーまで感じるほど。
これから何人の女たちといかなる手練手管で上手く別れていくものか、
ワクワクしたところで絶筆なものだから、
なおさら妄想のトリコに「身悶え」する私なのだった。

しかし太宰のほとんどすべてを読み尽くし、
それこそ「ハシカ」が治ってみると、
私は彼の生活がもっとも安定していた中期の作品が
一番好きなんだと思った。
「富嶽百景」「津軽」「お伽草紙」など。
彼の文学者としての語り口の素晴らしさが光る作品群だ。
最近、また太宰を読み直す機会があった。
以前はよくわからなかった「新ハムレット」や「女学生」などに、
彼の文学青年としての一面を発見して、
もう一度ハシカになるのも悪くないかな、
と思ったりもした。

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