「とてもうれしいんだけど、
これが全部タダだって聞いて、にわかには信じられないの。
だって、20年間も、医療費を払って、払って、払い続けてきたんですもの」
自らのガンと夫の心臓病のため、
大きな家も売り払い、娘の家の物置部屋に住まわせてもらっている女性が、
旅行先のキューバで言った言葉である。
マイケル・ムーアの最新作「シッコ」は、
人々のナマの証言で溢れている。
病気になって医療を拒否された人、
医療を拒否して自己嫌悪に悩む医師や元保険会社社員。
そして、
そのために家族を亡くした人々。
9.11のあの現場で救出活動を続けた救命士は、
今肺の病気で苦しんでいる。
1本14,000円する吸入薬が、キューバで6セントで売っていると知るや、
ポロポロと涙を流す。
「バカみたい。カバンいっぱい買って帰りたいわ」
病気になれば、誰でも気弱になる。
仕事も休まなければならない。
ただでさえ金銭的な不安が募るのに、
「医療が受けられない」それも、医療保険に入っていながら!
アメリカの深くて暗くて、出口のないような医療費問題。
でも、それは他人事ではない。
日本の介護保険制度はどうだろう。
日本の障害者自立支援法はどうだろう。
日本は、
「払える人が払い、必要な人が医療を受ける」つまり「応能負担」という考え方から、
「医療を受けた人は、受けたサービスに応じてお金を支払う」
いわゆる「応益負担」というやり方に
大きく舵をきったのだ。
「貧乏人は、薬も買えない」
時代劇の世界じゃない、21世紀の話だ。
アメリカは、そうやって家もなくす。病院から路上に捨てられることだってあるという。
日本も、
すでに兆候が出始めている。
「アメリカ人は、政府を怖がっている。フランス人は、政府が国民を怖がっている」
といったフランス在住のアメリカ人。
「国民を操るには、恐怖を与えるか、希望を砕くかどちらかだ。
国民を借金だらけにするのは、国民から将来への希望を奪ういい方法」といったイギリス人。
そのイギリス人は続けた。
「サッチャーでさえ、社会保険はなくさないと言った。
今女性の選挙権をやめようといっても誰も許さない。それと同じこと」
マイケル・ムーアの「ボウリング・フォー・コロンバイン」は、
彼の無名性が功を奏した突撃アポなしインタビューの名作だ。
しかし、この「シッコ」は「有名」になったムーアが
綿密なリサーチと、深い洞察力、
そしてアメリカの国内の矛盾を、国の外と比較することで提示する
用意周到な大作といってよい。
自分も大好きな「アメリカ」が、どうしてこんなことになったのか。
必死でその答えを探そうとするムーア。
きっとどこかにアメリカらしいいいところがあるはずだ、とやっきになるムーア。
そこが愛らしく、憎めない。
病気になったことのある人、
病気の家族を持ったことのある人へ。
そこにいる病人を、無条件に救ってくれる社会でなければ
私たちは希望をもって生きていけない。
映画の間中、
私は涙が止まらなかった。
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