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木下惠介の「破戒」


木下惠介 DVD-BOX 第2集(DVD) ◆20%OFF!
念願だった木下惠介監督の『破戒』(1948)を見ることができました。
神保町シアター「没後十年木下惠介の世界」)
冒頭の、街中を籠かきが人を乗せて走っていくシーンから、
島崎藤村の『破戒』の文章をそのまま映像にしたような、作品。
ひと目をしのんで病院通いする「部落」出身の金持ちに対する、人々の対応。
それを、人知れずじっとみつめている丑松。
丑松の、心の葛藤が、手にとるようにわかる映画だ。
丑松は、声高には何もいわない。
ただ、黙る。
時々見せる、朗らかな表情が、ふとこわばる。かたまる。
そのコントラストだけで、苦しみが伝わってくる。
私がもっとも心打たれた場面は、
師と仰ぐ猪子蓮太郎とその妻に、
「奥様は、普通の家の出だとお聞きしましたが・・・」と
部落出身者と結婚した女性の気持ちを
聞きにくそうに、しかしどうしても聞きたくて、質問するところ。
自分が好きな志保は、私が部落民の出だと知ったらどうするか?
丑松の関心は、ただその一点なのだ。
好きなんだから、言わなくてはならない。
でも、言ってしまったら、きっとすべては台無しになる・・・。
亡き父の「隠せ」という戒めを、破ってまで、
志保に真実を告げられるか。
告げるが幸せか、告げぬが幸せか。
「言わない」自分に我慢ができない、まっすぐで教養があって、青年らしい丑松を、
池部良が、端正なおももちを崩さず、静かに熱演する。
知的で、美形で、しかし胸のうちの葛藤を誰にも話せずにいる丑松。
その、ちぎれるほどの痛み。
陰謀から町中に「噂」が流れだし、
丑松は、流れる涙を拭き拭き、
志保に手紙で告白しようとする。
巻紙に、筆で文章が書かれるのを、カメラは黙って映している。
「私は卑怯でした。私は…」
そこに、ボタッと大きなシミが。
大粒の涙が巻紙に落ちて、筆の行く手をさえぎった。
・・・と、丑松の緊張も、そこで途切れてしまう。
畳の上にひっくり返って、ただただ、泣きじゃくる丑松。
好いた志保に、
親友の土屋に、
尊敬する猪子に、
自分はなにものかを言えない自分。
言おうとするけれど、言えない自分との闘い。
それが、
非常に丁寧に、鮮やかに、描かれていた。
私は市川崑監督の映画に接して、『破戒』という文学に再び目覚めたのだが、
木下作品の素晴らしさに舌を巻いた。
1948年の映画で、神保町シアターでも16mmフィルムでの上映だった。
今のように、照明が万全でない時代、
白黒の映画は時として見づらい部分もある。
しかし、信濃の空に流れる雲はくっきりと青空に浮かび、
アップになった池部良の顔は美しく、
すべての感情をそこに見出すことができる。
「アップ」という手法が、こんなにも雄弁であることを、私は改めて知った。
結末は、島崎藤村の原作とはちがう。
しかし、
すがすがしい、丑松の門出の笑顔を見ると、
この結末も悪くはない、と私は思った。
志保が小舟にうずくまって号泣するその意味を、さまざまに思い巡らしながら、
私は映画館を出た。
美しい映画だ。
60年前の池部良は、今でいえば小栗旬のような美青年。
書生姿もりりしく、所作は端正。
映画スターとは、かくありなん、というオーラが出まくっている。
未解放部落の話とか、そういう社会的な話だと身構えず、
誰にでもある「実は・・・」という部分、
たとえば、ものすごくセレブな学校に入ったけど、親の会社は倒産している、とか、
幸せな家庭の子どもだと思われているけど、実は養子で、本当の親を知らないとか、
洋服を着ているとわからないけど、体に傷がある、とか、
健康そうに見えるけど、治りにくい病気にかかっている、とか、
親が刑務所に入っている、とか、
そういう「話さなければわからない」「誰にでもは、話したくない」と思うことを抱えた青年が、
自分の内面をさらけ出して人とつきあいたいと思う気持ちと、
ウソをついてでも、このままでいたほうが幸せかもしれないと思う気持ちとの間で
揺れていく話として見てほしいのだ。
市川作品とちがって、なかなか上映・放送される機会がないが、
もし、どこかで見られるチャンスがあったら、ぜひご覧になっていただきたい。

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