エディット・ピアフという人はすごい。
何がすごいって、
「ライオンとシマウマがサバンナで抱き合う」という
ナンセンス極まりないパチンコのCMのBGMとして「愛の讃歌」の一部が流れても、
人は、その歌声に釘付けになってしまうのだから。
息子は言った。「この歌、何??」
エディット・ピアフという名も知らず、彼女の顔も知らず、
「愛の讃歌」という題名も知らず、シャンソンというジャンルも知らず、
フランス語もわからないというのに。
そのピアフの数奇な人生を、幼い頃から命のともし火が消える瞬間まで、一気に描いたのが、
今秋9月に封切られる「エディット・ピアフ 愛の讃歌」。
彼女の人生は、多くの人に語られているし、
すでに一度映画にもなっている。
一つひとつの歌の誕生にそれぞれエピソードがあり、
時代時代で付き合う男が違い、
裏の世界とのつながり、酒びたり、麻薬、といった暗い噂が絶えず、
どんな大きなホールで喝采を浴びても、
うらぶれた場末のシャンソニエの匂いがまとわりつく。
それでも、彼女が歌えば心が洗われる。
彼女の歌は、神に通じてる。
彼女が体の中から搾り出すありったけの幸・不幸と一緒に、
聞いている私たちの魂も浄化されていく。
日本でいえば、美空ひばり物語完全版、といったところだろうか。
伝説化されたピアフではなく、
物語化されたピアフでもなく、
現実のピアフに迫ろうとした映画だ。
主演のマリオン・コティヤールは、これでもか、というほどピアフになりきる。
歌はほとんど録音・レコードによる吹替えだが、
息つぎのタイミング一つひとつにもこだわって、究極の口パクアートを披露。
違和感はない。
逆に、44歳ですでに老婆のように憔悴しきった病身の日常と、
その時代でさえ、ステージ上で録音された歌の素晴らしさとのギャップがあまりに大きく、
戸惑いさえ覚える。
美空ひばりも晩年、笑顔で迫力のステージをこなしながら、
一曲歌って袖まで戻ると、もう自力で立つことさえできなかったという。
あれと同じことなのか。
ピアフのあまりに破滅的な、疾風怒涛の人生が心に痛い。
この物語を知っても、
何も知らない息子と同じく、
やはり「ライオンとシマウマ」のBGMは、私の心を揺さぶる。
彼女の人生のどんなひとコマより、
彼女の歌のもつ力の大きさにうなる。
もっともっと、彼女の歌にひたっていたい。
そんな欲求におそわれる140分だ。
映画の前半、
まだピアフを子役たちが演じている時代、
幼い彼女が薄汚れた街角で初めて人前で歌う場面として
「ラ・マルセイエーズ」(フランス国家)が流れる。
貧民たちの心に何かが降りた瞬間が、よく描写されている。
本物のピアフの声ではもちろんないが、
まっすぐな、力強い少女の声に、私も気がつくと涙していた。
歌の力って、すごい。
映画の公式サイトにアクセスすると、「愛の讃歌」が流れます。
みなさん、夕日に輝くシマウマとライオンの抱擁をイメージしながら、拝聴いたしましょう。
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