高城剛(*)ふうに言えば、「マトリックス」は新しいスタイルを提供した。
サングラス・ブラックコート姿のキアヌ・リーブスが、
スローモションのイナ・バウアーで弾丸をよける仕草は、
世界中、誰がどこでやっても「マトリクス」だとわかるんだから、スゴイ。
また、
この世だと思っていたら、実は「夢を見させられていただけ」で、
本当はカプセルの中で眠らされていた、というコンセプトも、
その後のたくさんのハリウッド映画のさきがけとなった。
これだけ世界を震撼させた第一部に対し、
次々に発表された第二部「マトリックス・リローデッド」、
第三部「マトリックス・レボリューションズ」は、散々な言われようだ。
が、私は、なかなか深い映画だと思う。
特に第三部「マトリックス レボリューションズ」。
コンピューター内のデータの擬人化とは、本当にすごいことを考える。
一つの指令がどんどん伝わっていくさまを、
「全員スミスになる」というカタチで見せるウォシャウスキーが好き。
誰もそんなこと考えません。
単なるアニメチックなおアソビにも見えるけど、
(実際「ドラゴン・ボールかよ!」と言いたくなる場面もあるけど)
ぶ厚い本や大学教授の講義じゃチンブンカンブンの「データ」と「パソコン」を
こんなに視覚的に理解させてくれる人はいない!
そしてそこには、人間とは、考えるとは、生きるとは、という哲学もあるのです。
あとは、キャプテン・ミフネの壮絶な最期でしょうか。
少年整備兵とのやりとりは、どう見ても、零戦の出撃シーンを彷彿とさせます。
ミフネは偉大です。
*高城剛については、明日書く予定です。
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