団扇をもった浴衣姿の女性が、湖のほとりに腰をかけている、日本画っぽい図。
これだけを見ると、
黒田清輝はとても保守的な画家のようにも思えてきます。
ところが、
黒田という人は、女性の裸体画を展覧会に出して物議をかもすと、
それ以降も敢えて裸体を描き続けるような人でした。
黒田清輝記念館に行って、「智・感・情」という大きな絵を見たら、
どんな人でもド肝を抜かれるでしょう。
金箔の巨大縦長キャンパスが3枚。
それぞれに、日本女性のヌードが描かれています。
(HPでも見られますが、本物を見ないとこのスゴサはわかりません。あえてリンクをやめます)
向かって右は、長い黒髪を背中のほうに全部流し、
髪のほつれを気にするようにうつむき加減で右の手を額にやる女性。
左手は、へその上あたりを軽くおさえている。
向かって左の女性はたっぷりの黒髪を、右半分だけ前にたらし、
そのため右の乳房はかくれて見えない。
まるでそこを誰かにひっぱたかれた直後のように、右のこめかみあたりを髪の上から手で押さえ、
うなだれた顔は涙とくやしさでゆがんでいる。
秘部のあたりは左のてのひらがそっと隠している。
そして真中の一枚。
髪はひっつめにしてアップ。
ピッタリとひざや足首をそろえ、胸を張り、まっすぐ前を見据えている。
両手はこれから小さい神輿を一人で担ぐかのように、
両肩の少し上、両耳の少し離れたあたりに置かれている。
どれが「智」でどれが「感」でどれが「情」か。
それは、行って確かめてください。
とにかく、「圧倒される」とはこのこと。
時を忘れて、3枚が醸す神殿を見上げている人が、そこにも、ここにも。
この神々しいヌードの女性を見るだけでも、記念館に足を運んだ甲斐があるというもの。
その顔立ちから、
モデルは「湖畔」と同じく黒田夫人ではないかと思われます。
「こと女性に関しては、黒田のアプローチはフランス人のそれとほとんど同じだった」
という黒田をよく知る者の言葉が、
またまた絵に人生という奥行きを持たせます。
明治の始まる1年前に薩摩藩士の家に生まれ、
伯父の家の養子となって今の平河町のあたりに7000坪あったという屋敷に住む。
10歳になる前から論語も英語もならい、
外交官になるためフランス語も学び、
法律を修めんと18歳でフランスに留学。
ところが20歳で、
それまで「画家など一段低いもの」と思っていたその絵を
男子一生を賭けてあまりある職業と思い定め、
フランスで評価を得るまでになる。
フシギな男です・・・。
つい最近ですが、
地下鉄の中吊り広告で
緑の芝生の上に仰向けに横たわる、あわや乳房も・・・という女性の絵が
私の目に飛び込んできました。
その、官能のためいきがきこえるような表情に
思わず見入ってしまった私。
これ、ポーラ美術館収蔵の、黒田清輝の名作だった。
とにかく、「人」を描かせたらこんなにすごい人はいないと思わせる画家。
フランスにいてはフランス人を、
日本にあっては日本人を、
ここまで「その人らしく」カンバスの上に表現できる人は少ないのではないでしょうか。
黒田清輝(くろだ・せいき)記念館は、
通常木曜と土曜の午後1時から4時のみしか開いていませんが、
10月30日(火)~11月4日(日)まで、
上野の山ゾーンフェスティバルの一環として、9:30~17:00特別に公開されます。
今まで
「あら、こんなところに記念館が」と思っても閉館ばかりでチャンスがなかった人には朗報。
それもここは、「無料」なんです!
国際こども図書館の隣り、旧奏楽堂の向かい。
上野の駅から芸大へ続く道の入り口に立つ落ち着いた建物に、
一度足を運んでください。
明治の画家って、本当にすごいです。
「雲」という6枚の連作も、私のお気に入りです。
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