ショートプログラム上位3人による公式記者会見は、
三人三様の「4回転」へのこだわりが見えて、
大変興味深いものとなった。
「男子フィギュアの将来のために、4回転は必要」とするプルシェンコ。
4回転を跳ばないで世界チャンピオンなんてオレは認めない、と
その一心で競技に復帰してきたのだから、この信念は強い。
対するライサチェクは4回転を跳ばすに世界チャンピオンになった張本人ゆえに、
「跳ばない」ことに執着する。
4回転を跳ばなくても世界一のスケートだと認めさせるためにも、
彼に「4回転」の選択はない。
そして、高橋。
彼は、「4回転を跳んで、なおかつ表現力の高いパフォーマンスをする」
という高いハードルを自らに課した。
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今日のフリー。
滑走順がもっとも早かったライサチェクは、
文句一つつけようのないパフォーマンスで圧倒した。
ショートの「火の鳥」もよかったが、
この「シェラザード」は鳥肌が立つほどの気迫に満ち、
ジャンプなどの技術面で完璧なだけでなく、
曲想の可視化が見事で、
一つの作品として、そんじょそこらのバレエよりずっと引き込まれた。
ショート、フリーと一つのミスもなく、
力を出し切り、自分の世界を示したライサチェクが
バンクーバーの金メダリストにふさわしいことは間違いなく、
だから僅差とはいえ彼がプルシェンコを制したことは
紆余曲折と歴史を重ねて現在の採点方法となったフィギュアスケートが
一つの成熟を示したとも言える。
選手にとって、常に「完璧」を強いられる苛酷な採点法だが、
それによって選手は鍛えられ、演技は深まり、
そして観客も育てられた。
しかし同時に「4回転なしの男子フィギュア」に
体を張って物申したプルシェンコにも大いに一理ある。
男子と女子の体力差・体格差を考えれば
男子のほうが女子より技術的に勝っているのが通常で、
だからこそ男女は別に競技をしている。
スノーボード・ハーフパイプだって、
女子は最高がナイン(900度=2回転半)であるのに対し、
男子はテンエイティ(1080度=3回転)、トゥエルブ(1200度=約3回転半)まであり、
迫力の差は歴然である。
それなのに、
フィギュアスケートだけは男子も女子もトリプルアクセルが最高難易。
その上観客は安藤美姫に、当然のように4回転を要求している。
この事態を由々しきことと危惧するプルシェンコは正しい、と私は思う。
彼の復帰で、「4回転を跳ばなくては」あるいは「4回転に打ち勝つものを」と
選手たちに緊張感が走ったことで、
今回のオリンピックは本当に見ごたえのあるものになった。
だから私は、
プルシェンコのカムバックには本当に感謝している。
ただ、
すでに「4回転さえ跳べれば勝てる」時代ではない。
カムバックから日が浅く、国際試合の経験も少ないプルシェンコには、
まだそのあたりが十分ではなかった。
来期、彼が十分な練習と研究を重ね、
素晴らしいパフォーマンスをすることを、心から期待する。
ブランクがあったという意味では、
高橋も同じである。
去年の今頃は、ようやくリハビリを始めたばかりだった。
「時間がない、時間がない」と口走る高橋の映像が残っている。
リンクに立てるようになっても
「3回転なんて、一生跳べる気がしないんだけど」とも言っている。
プルシェンコは「自分のできることをするのがオリンピック」と言うが、
高橋は去年の10月にようやく大会に出場、
演技時間の短いショートはもったが、フリーは体力がもたず、
何度も何度も転倒した。
そんなところから、彼はグランプリファイナルに残り、全日本のタイトルを取って、
このオリンピックにやってきたのだ。
彼にとって「4回転」は、
怪我からの長い長い道のりの、最後に掲げられたハードルでもあったのだ。
だから、
オリンピックの場で、高橋が4回転を入れたことは、
本当に意義があると私は思う。
失敗してもいいのだ。
4回転を「跳ばない」ことと「跳べない」ことは意味が違う。
跳んで、失敗して、それでも銅メダル。
日本男子フィギュア界、初の銅メダルである。
素晴らしい。
完璧ではなかった。
でも挑戦した。そして踏みとどまった。
高橋大輔の滑りには、
銅メダルにふさわしい価値があった。
同じく4回転に挑戦し、そして成功した小塚にも拍手。
二度目のトリプルアクセルで大転倒してしまったが、
全体的な滑りはショートにも増してよかった。
小塚のスケートに自信が蘇ったのだ。
小塚の前で復活したプルシェンコに震え上がった日から、
よくぞここまで上がってきたと思う。
まだ20歳。
日本人としては長身に恵まれているし、
これからが楽しみになってきた。
4位発進の織田は、演技途中で靴紐が切れるというアクシデントに見舞われ、
転倒もあり、7位に後退した。
アクシデントを差し引いても、演技に精細がなかった。
4回転は回避。前日も直前練習でも、成功率が低かったこともあるだろうし、
モロゾフコーチは慎重派だから、回避は予想された。
ショートに比べて、元気がなかったというか、表情が固かった。
ありえないようなアクシデントに襲われ、
織田は一瞬かわいそうなくらい途方にくれた顔になったが、
靴紐を縛りなおしてリンクに戻ると、
笑顔で演技を再開、最後までしっかり滑りきった。
そしてキス&クライの席に座ると、
モロゾフコーチに彼のほうから握手を求めた。
なんて素敵なヤツなんだ、織田信成!
そんな織田の背中を、モロゾフがずっとさすっていた。
彼にとっても初めてのオリンピック。
4年後こそ、彼の本当の力が爆発するのでは?
そんな気がする。
一皮向けた精悍な織田の姿が、目に浮かぶ。
それにしても、
8位の中に3人もいるのは、日本だけだもんね。
ロシア1人、アメリカ2人、カナダ1人、スイス1人。
誇らしく思います。
みなさん、あとはゆっくりしてください。
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