10/2に、東京・青山のウィメンズ・プラザ「女の文化祭」に
ちょこっと行ってきました。
お目当ては、
NHKの「英語でしゃべらナイト」にも出演したことのある
アリス・ゴーデンカさんの講演会です。
日本に住んで十年になるアリスさんが
「異文化(=日本文化)」の中でどう生きてきたか、
とても軽快なトークでとっても面白かったです。
アリスさんと逆に、アメリカなどで生活したことのある人たちが
参加者にたくさんいて、
いろいろと共感することが多かったようです。
アリスさん自体、日本語を専攻していたけれど、
日本に住むようになったのは、だんなさんの仕事の関係。
二人の息子さんの教育のこととか、
どうやってNHKで仕事をするようになったかとか、
そういう話が話の中心でしたが、
私がもっとも面白かったのは、「日本語」についての感覚でした。
彼女が初めて日本語を学習したのは大学生のとき。
そこで使った教科書は
「あれはさくらです。」「これはきくです。」
から始まるそうです。
日本の英語教育はなんちゃらかんちゃらって言われてるけど、
「This is a pen.」から始まるのは、万国共通なんだな。
そのなかで、
「げんかん」というのがでてきたとき、とても戸惑ったそう。
「だって、日本の玄関を一度も見たことがなかったからねー」とアリスさん。
言葉って、文化なんですね。
訳すと「玄関」は「porch」かもしれないけど、
ポーチって、日本家屋の一部としての「玄関」にはほど遠いイメージ。
自分のもっている常識の中で
見たことのない文化を学ぶって難しいことなんだな、と
改めて思いました。
ほかにも、
子どもを公立の小学校に入れて、
最初のうちは「保護者会」がなんだかわからなかった、といいます。
「ホゴシャって、そんな言葉、アメリカで習わなかったよ。
自分のことだと思ってなかった」
これも時代によって変わってきた言葉の一つですね。
戦前は「父兄会」と言っていました。
それが戦後は「父母会」そして、「保護者会」へ。
この変遷は、そのまま日本の家庭を取り巻く状況が反映されています。
かつての家制度は家父長制で、親であっても女には何の権利もありませんでした。
(選挙権もなかった)
子どもの教育について、責任を持つのは男親であって、
父親の代理で出るのは母親ではなくて「兄」だった。
「兄」とか「おじ」とか。
それで、男女平等となった戦後、「父兄会」は「父母会」になりました。
ところが、
世の中にはお父さんもお母さんもいない子どもだっているわけで。
そういう子どもたちへ、あるいは、彼らを育てている人たちへの配慮として、
「ホゴシャ」という言葉が生まれました。
新しい言葉っていうのは、教科書には載りにくいですよね。
アリスさんが出席した「ホゴシャカイ」でのエピソードも笑えましたね。
「自己紹介っていうのに、誰も自分の名前を言わない!
子どもの名前を言って、○○の母ですと言うだけ。
そして、自分の子どもの欠点を並べたてるの。ギャクタイかと思った」
今は日本文化にとっぷりとつかり、
「アメリカに行くと、ところかまわず携帯で話すアメリカ人がうるさい」と感じるとか。
「私は幼いとき感受性が強すぎる、と、神経が細かいことを欠点とみなされたけれど、
日本に来ると、そこが長所となって、日本になじみやすかった」というのも、
人間の美徳って、社会との相対性にあるんだな、とつくづく思いました。
最後にちょっと質問してみた。
「日本語でここが面白い、というのはどこですか?」
答えは…擬声語!
「アメリカで働いていた日本の企業で、
上司の人がハンコ押すたびに、ジャンジャジャーン!と言っていた。
あの、ジャンジャジャーン!っていったいなんだろう?って
ずーっと思っていた」
外国に行った日本人がもっとも苦労するのは
病院で症状を説明することだと聞いたことがあります。
同じ「おなかが痛い」でも
「しくしく痛い」「チクチクする」「グルグル鳴る」「ごろごろする」
ぜーんぶ擬声語ですもんね。
怪談の「ヒュードロドロ」などでもおなじみの擬声語文化。
マンガでも「ガーン!」「バキューン」「ズガガガ」「バチン」「ドドドドド」
「キュイン、キュイン、キュイン、キュイン」などなど、
伝統は、今も続いています。
「ガラガラポン」が「すべてをいったん帳消しにしてやり直すこと」だと
わかる外国人はそうそういないでしょう。
特に、教科書だけで学んだ人には。
いろんなことを考えさせてくれた、アリスさんの講演会。
企画したのは、
以前このブログでもちょこっと紹介した「カラマーゾフの読書会」の企画者でした。
(彼女は英語本の読書会もやっています)
誘ってくれて、ありがとう!
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