中村吉衛門を中心とした新橋演舞場の五月大歌舞伎。
今回の夜の部は
池波正太郎の「鬼平犯科帳」と
四世鶴屋南北の「於染久松色読販(おそめひさまつ・うきなのよみうり)」。
「鬼平…」のほうは、都合で後半しか見ていないので、
今回は「於染久松……」のほうを中心に書かせていただきます。
この演目には「お染の七役」と副題にあるように、
中村福助が、主役のお染のほかに、
お染の恋人で丁稚の久松、久松の実の姉である奥女中竹川、
芸者の小糸、毒婦のお六、お染の継母にあたる後家の貞昌、
そして許婚ながらお染に久松をとられてしまって乱心するお光、と
七役をこなすのが眼目。
それも、早変わりである。
どのくらい早変わりかというと、
お染が舞台を通り過ぎて、10秒もしないうちに久松が現れる、
久松が入っていったはずの部屋の御簾をあけると、そこに竹川がいる、
といった具合。
魔法でも何でもなく、裏で壮絶な着替えをしている、とわかっていても
「いったいどうやって???」と驚いてしまう見事さ。
単に着替えました、かつら変えました、というだけでなく、
箱入り娘が小粋な芸者に、若い丁稚が貫禄のある奥女中に、
といった性格や表現の転換も含め、本当に別人のようなのだ。
特に、
代役を後ろ向きに使いながらちょっと時間をかせぎ、
まるでお染と久松が二人で踊っているようにみせる段では、
ほとんど不可能を可能にした感あり。
ネタは割れていても、その素早さ、完璧さ、そしてスリルに
心の底から拍手、拍手。
福助は、客の心をよく知っている。
神社の参道に模して花道をそぞろ歩くときも、籠から顔を出すときも、
2階の客や壁際の客に顔を向け、愛嬌をふりまくことを忘れない。
「近道をしてまいりましょ」などといって、
花道以外の通路をめぐり歩いて客とやりとりしてみたり、
サービス精神満点だ。
七役ではどれも捨てがたいが、
芸者・小糸や、土手のお六など、
気風がよく男まさりな姐さん風の役が小気味いい。
女だてらのかっこよさと、コミカルなセリフまわしとが交じり合い、
福助の魅力をさらにふくらませる。
そのお六の夫、鬼門の喜兵衛が染五郎。
いやー、染五郎の演じるワル、カッコいいです!
二枚目を演ずるときは、どこか気弱でなよっとする染五郎ですが、
地に足が吸い付くような重量感で、
剃刀を口にくわえながら、死人を別の人間に仕立てようとするところなぞ、
セリフは一言もないのに、
観客の目をひきつけ、場の空気をピッと変えます。
ゆっくりと人をなめ回すように言う台詞も味があり、
抜群の存在感。
「鬼平」のほうで演じた、
ひねて畜生ばたらき(強盗殺人)を犯す文吉もよかった。
敵役の染五郎、loveです。
今回、もう一つの発見が中村歌昇。
人柄よく賢く懐深い、大店の店主・山家清兵衛役。
声太く滑らかで口あとがよく、
心情の機微がちょっとした表情や仕草に表れ、
舞台を仕切る安定感があった。
いい役者さんだなー、と思ってパンフレットを見たら、
あら、もとの中村光輝さんじゃないですか!
見てましたよ、「不知火の小太郎!」。
18歳くらいの頃の歌舞伎の舞台も拝見したことがありましたが、
(当時はまだ光輝の名)
主役を張る器ではないように感じました。
でも
長く精進するってものすごいことなんですね。
こんなにいい役者さんになっているなんて、
恥ずかしながらまったく存じ上げず……。
大役もいくつもこなしている由。
今度、歌昇さん目当てで見にいきたい、と思いました。
いろいろ書きましたが、
とにかく福助の七役は一見の価値あり。
こんなすごい仕掛けを、南北さんは200年前に作り、
江戸の人々は楽しんでいたわけです。
見ないと、損しますよ。
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