「先代萩」はいわゆる御家騒動もので、
通し狂言だが、ハイライトは二場の「竹の間」。
幼い君主鶴千代を育てている乳人(めのと)政岡(玉三郎)が主役である。
政岡は、鶴千代の父を隠居に追い込んだ仁木弾正一派の動きに
細心の注意を払っている。
「若様は男が嫌い」と言って
自分の子・千松を鶴千代の小姓としてそばにおく以外、一切の男を近づけず、
食べるものは手づから作り、
その上すべて鶴千代に毒味させる念の入りよう。
そこへ仁木の名代としてやってくる仁木弾正の妹・八汐(仁左衛門)。
いろいろと政岡に難癖をつけて落とし入れ、失脚させようとする。
次々と「謀反の証拠」をつきつけるが、
やはり名代としてやってきた沖の井(福助)が
冷静な判断で証拠の不十分さを喝破、
子どもながらに母と慕う政岡を救わんと
「政岡が牢とやらに入るならおれも入る」
「お前(八汐)はおれの家来なのにおれの言うことを聞かないのか」と
八汐に抵抗する鶴千代にも救われ、
政岡はいったん難を逃れる。
しかし次は栄御前とともに来て菓子を勧めると、
鶴千代は思わず手をのばしてしまう。
とっさに制した政岡を見て、
食べさせないのは菓子に毒が入っていると疑っている証拠だと八汐は攻撃、
政岡は言葉を返せず窮する。
そこへ、千松が割って入って先に食べると、
はたして苦しがりもんどりうって倒れ、その拍子に菓子折を蹴散らしてしまう。
すると八汐、
大事な菓子を蹴散らすとは不忠もの、と言って、
苦しむ千松に刃を向ける。
しかし政岡は鶴千代を脇に守って一向にひるまない。
「これでもか」といいながら千松の首に刃をぐりぐりと刺し込む八汐、
悲鳴をあげる千松。
竹の間にいるすべての女中が目をそむけるなか、
政岡はキッと目を見開いてその様子をまっすぐにみつめている。
絶対に涙を流すまいとしながらも、血走るその目。
とうとう千松はこときれてしまう。
千松の遺体と自分だけになったとき、
政岡は「ようやった、でかした、でかしゃんした」といいながら、
何度も何度もいいながら、涙にくれる。
きっとセリフだけを字面で見たら、忠義第一の血も涙もない母親のようだ。
しかし玉三郎が言うと、
そんな自分を責めに責めている心情が手にとるようにわかる。
だからこそ、
「ちょっとでも危ないものを口にしようとしたら必死で止めるのが母と言うもの。
それを私はすすんで自分の子に食べよと命じ、死ねと(命じ)…」
と嘆く次のセリフがすんなりと響く。
そばにおいていたとはいえ、
ちょっとでも千松かわいやの情を見せるとたちまち鶴千代が感じ取るので、
ほめることもしっかりと抱いてやることもままならなかった日々。
それを悔いるように、そして取り返しがつかないことを噛みしめるごとく、
しっかりと千松を抱く玉三郎に
母親というものの情愛の、やさしさと厳しさとせつなさがにじみ出ていた。
八汐役・仁左衛門の上臈姿はちょっと不気味(失礼)だし、声も低いのだが
八汐という役は、
女の役でありながら、立ち役(男役)が務めるのがならいとかで、
こういうものなのだろう。
悪役として、悪巧みがしっかりとわかるように表情をデフォルメし、
悪役といっても笑いを誘う場面が多いのだが、
「これでもか」と言いながら子をなぶり殺す場面は
演技とわかっていても痛々しく、
こうして思い出すだけでも胸がつまってしまうほどだ。
なるほどこれは女形にはやらせたくないし、
女形にはこのどす黒いほどの残酷さは出せないだろうな、と納得した。
*実は、この「先代萩」にはもう一つの見所があります。
妖術でネズミに化け、屋敷に忍び込んでいた仁木弾正(吉衛門)が
人間の姿に戻って逃げおおせるところ。
しかし……。
私の席は3階2列2番で、ここから花道はまったく見えない!
ドロドロドロドロ…とアヤシイ太鼓、
パチパチパチパチ…と拍手、これらが鳴っているのをただ聞くだけ。
いったいどんなふうにネズミ(着ぐるみ)から人間になったのか、
わかりませんでした(泣)。
*話は政岡に戻りますが、
この前は、菊ノ助が政岡に挑戦したとか。
この難しい役を、彼がどんなふうにやったのか、
それも見たかったなあ、と思いました。
主役というのはまずやってみないとできない、というのは
バレエの熊川哲也もよく言っていることで、
だからKバレエもいろんなダンサーに主役のチャンスを与えているのですが、
きのうお初1300回を迎えた藤十郎も、
56年前、21歳でお初をやったからこそ今があるはず。
若い人にチャンスを与え、しっかり指導する先輩がいて初めて、
伝統というものは受け継がれるのだろうと思います。
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