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怪談・今と昔~八月の歌舞伎より~(1)「豊志賀の死」

八月と九月、順番も逆になってしまって申し訳ない。
暑さ寒さも彼岸まで、の彼岸をすぎて
今ごろ怪談話もないものだが、
ちょっとお耳を拝借。
八月の歌舞伎座は「納涼」と銘打つだけあって、
第二部で「真景累ヶ淵・豊志賀の死」、第三部に「怪談乳房榎」
怪談話をもってきた。
そして第三部「お国と五平」も、
ことさら「怪談」と銘打ってはいないし、お化けもでてこないけれど、
私は、これぞ現代に通じる「ほんとうにこわい話」なのではないか
と思って見た。
この3作と、八月の新作シネマ歌舞伎「牡丹燈籠」の全4作について、
書いていきたいと思っている。
今日は「豊志賀の死」について。
富本節の師匠・豊志賀(福助)は
二十ほども歳の違う弟子・新吉(勘太郎)を家に引き込んだとあって、
稽古をつけてもらおうという人の足が遠のいていたところに、
顔に腫れ物ができていよいよ仕事につけず、
憂鬱な気持ちで病床に伏せている。
身の上が心細い豊志賀は、
なにかにつけて世を恨み、新吉を過剰に頼り、
彼のちょっとした振る舞いにも「捨てられるのでは」と疑心暗鬼で
見舞いにくる若い娘・お久(梅枝)には嫉妬からの罵詈雑言、
ほとほと周囲を呆れさせている。
献身的に看病している新吉も、気の休まる暇もない日常が続くなか、
お久と語るひとときだけが安らぎだった。
そのお久から、継母からの仕打ちが辛い、家を出たいとの相談に乗るうち、
ふと魔が差し、お久とともに逃げてしまおうと決意する。
しかし、
親代わりに育ててくれた伯父・勘蔵(彌十郎)に意見され、思いとどまる。
そのとき豊志賀は……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふと目覚め、新吉を呼ぶ。
呼べど叫べど新吉はいない。
そんな絶望の床の上で孤独な死を迎えた豊志賀が、
幽霊となってでも新吉の近くにたどり着こうとする話である。
福助は生きていたときの豊志賀を
年増女の図々しさ、
看病される者が時として甘えすぎ、
感謝しているのに素直になれない
申し訳なさの裏返しなる理不尽さを
これでもかというほどデフォルメして表現、
勘太郎の新吉の、ちょっと「花月」的な軽さやオーバーリアクションとあいまって、
そのため舞台前半は
「怪談」というより、ほとんどコントかコメディか、というノリである。
しかし終盤、
幽霊となってからの豊志賀は、
まっすぐに新吉への思いを打ち明け、新吉の幸せを思う。
生前からこうであったら、きっと新吉は
もっともっと豊志賀への愛を深めていけたのに、と
思わず豊志賀の心情に涙。
輝くばかりの若さを持ったイケメンに慕われ舞い上がりながらも、
いつかはきっと捨てられる、と確信し
震える思いで日一日を送っていただろう、その不安。
引け目ばかりの「年増女」が、
唯一彼になくて自分にはあった財力までもを失っていく。
それが「新吉」に惚れた途端、
それまで矜持を高くして守ってきた自分の才能をないがしろにし、
仕事も二の次にしてしまったせいだということは、百も承知。
それでも、何もかも失くしても、絶対に別れられない女の哀しさ。
何もなくなっても、きっと彼は私を捨てない、捨てはしない、と
信じたい気持ち。
「最後の恋」への執着。
死んで初めてその「執着」から解放され、
ずっとずっと心の底に言えずにしまっていた
「自由になっていいんだよ」という言葉を
新吉に届けて、豊志賀はようやく成仏する。
「怪談」としては、
豊志賀の「顔の腫れ物」のおどろおどろしさと
幽霊としてあちこちに出没する「ヒュー、ドロドロドロ……」という演出が
コワい、というわけだが、
江戸時代の小さく薄暗い小屋ならいざ知らず、
現代のピッカピカの照明の下では、
ネタバレ必至のマジックのようなものである。
だからどちらかというと豊志賀のコワさは、
「幽霊」に出くわした時のとしてではなく、
「腐れ縁の女に新しい女と会っているところを見られた」時のコワさとして
描かれているように思える。
単なるやきもち女ではなく「恩人」で「病人」である人の世話に追われる。
一生懸命やっているのに、感謝の言葉もかけられず「当然」などといわれる。
そんな毎日を送り、
義理のしがらみにからめとられて身動きがとれなくなれば、
優しくて善人のはずの新吉だって「介護」から自由になりたくもなる。
そんな視点でも描かれていた。
前半、あんなに笑ったのに、
思い出せば思い出すほど哀しくて、辛い話である。

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