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近松座三十周年記念公演「曽根崎心中」等@アプリコホール

「曽根崎心中」は江戸時代、実際にあった心中事件をもとに作られた
近松門左衛門の人形浄瑠璃で、
当時、爆発的な人気を博し、まねての心中事件が横行、
とうとう上演禁止になってしまったというのは、けっこう有名な話である。
しかし、
その上演禁止がいつ解けて今に至るのか。
それを知っている人は案外少ない。
大当たりしたんだから、ずーっとやってると思っている人が多い。
なんと。
江戸時代に禁止された「曽根崎心中」が復活したのは、昭和、それも戦後!
近松生誕300年の年、昭和28年(1953年)なのである。
そして、人形浄瑠璃ではなく、歌舞伎で復活した。
文楽は、歌舞伎の成功を受けて数年後に上演。
そのとき、生身の人間がやったお初の名シーン「足」を入れぬわけにはいかず、
足のなかったはずの文楽人形に足を作って、このシーンを演じたという。
つまり「曽根崎心中」「お初」といえば、「足」。
その足を作らせたのは、江戸時代以来、というか、歌舞伎では初めて
「お初」をやった人、つまり、
中村鴈治郎つまり今の坂田藤十郎なのである。
以来ずーーーーーーーっと、50年以上、「お初」は彼しか演じたことがない。
ものすごくレアな役どころであった。
歌舞伎には「当たり役」とか「ニンに合う」とか、
役者が「これぞ自分の役」と自負するものは数々あれど、
ここまで「役」と「役者」が一体化しているものは、ない。
空前絶後、「彼しかやったことがない」。
1300回とか、数こなしていることもすごいけれど、
これだけ有名な作品でありながら、
その間他の役者がやってない、っていうのは、
まっことありえない。
その「彼しかやったことがない」に風穴を開けたのが、
藤十郎の孫に当たる、中村壱太郎(かずたろう)である。
彼が初めて「お初」をやったのは、平成22年。19歳のときである。
彼はこの数年でめきめき頭角を現しており、
私は彼の「お初」を、今やる「お初」を見ておきたくて、
大田区のアプリコまで行った。
壱太郎のお初は、一途さの伝わってくるお初だった。
死に急ぐお初。
「今」が幸せでないお初、「徳さま」にしか希望がないお初。
だから、
徳兵衛の伯父で主人の平野屋九右衛門に
「マジメな甥をよくもだまくらかしたな」と言われ、
「お腹立ちはもっともですが、でも、気持ちにウソはないんです」と許しを請うところは、
とても哀しかった。
「遊女」である自分の身の上が、いかにさげすまれているものなのか、
それを重々自覚しているお初であった。
そういう自分の身の上に、心から押しつぶされている19歳の遊女であった。
気持ちは伝わってくるのだけれど、
「型」や「動き」に「心」がぴったりと寄り添ってこない。
だから、観ていて心情の流れが途切れてしまうのは、
やはり芸が「まだまだ」なのであって、
それは60年間やってきた人の芸と比べるほうが無茶というものではあろう。
それしか比べられるもののない役の宿命である。
藤十郎は若き後継者に向かって
「自分のお初をつくりあげなさい」とそれだけ言っている。
「お初」の前に「自分」を見つけなければならない、ということである。
たいへんな教えである。
もっといえば、
壱太郎の「お初」はこれから見つける壱太郎の「自分」によって変わってくる、
ということでもある。
「お初」を通して自分をみつめ、自分をつくっていくことでもある。
そこが、私は楽しみである。
今日は、浄瑠璃が耳に沁みた芝居でもあった。
ふと聞き流してしまう日もあるのだけれど、
藤十郎を座頭に、近松の作品と上方歌舞伎の隆盛を願って30年続いた近松座の
力と気迫が浄瑠璃にもみなぎっていたのだと思う。
翫雀は丁寧な徳兵衛。
蹴られ殴られで体中に傷を負っての退場までの仕草は、
リアリティたっぷり。あの時間をずっと観客に見せ続けられる力はすごい。
ただ、今までの、藤十郎お初ありきの徳兵衛が身についているのか、
お初に対して「受け」が多い。
特に最後の森への道行きでは、まだ壱太郎に所在がない分、物足りなさが残った。
心配なのは、藤十郎。
六月の猿之助襲名披露の口上で、ひざのつき方がちょっと、と思っていたが、
今回も「夕霧名残の正月」伊左衛門役で、
ひざをつく仕草のとき、ストンと落ちて、「ドン」と音がする。
ゆっくりと曲げられないだけ弱っているということか。
それがまた、ひざに悪影響を及ぼすのではないかと、二重に心配だ。
そんな藤十郎を気遣うようにリードするのが、夕霧役の扇雀。
夕霧役。
お母さんの扇千景に似てるな、と初めて思った。
壱太郎のお初を目玉とした近松座三十周年記念公演「松竹大歌舞伎 中央コース」の巡業は、
本日始まったばかり。
これから7月中ほぼ毎日、
静岡⇒神奈川⇒秋田⇒岩手⇒山形⇒新潟⇒岐阜⇒滋賀⇒
静岡⇒兵庫⇒岡山⇒広島⇒島根⇒徳島⇒兵庫⇒神奈川⇒福島⇒東京、と
大強行軍で巡業します。
ご興味をもたれたら、ぜひ。
それから・・・。
名場面の「足」のところで、笑いが出ちゃうっていうのは、
うーん、壱太郎くんの色気不足もあろうけれど、
お客さんも、ちょっとはスジを理解してほしいな~、と思いました。
そういう意味でも、
藤十郎ってすごいわけです。
あそこを「決死の覚悟」と「官能」で見せるわけですから。
それから、
藤十郎の専売特許だった「お初」を壱太郎がやることで、
ほかの女方が「お初」をやる、ということも可能性が出てきたことになるのだろうか。
もちろん、「家の芸」であり、「一子相伝」に相当するものであろうから、
違う家の者が藤十郎におしえを乞うのも憚られるか。
きっと孝太郎とか、やってみたいんじゃないかな~。上方の歌舞伎俳優としては。
菊之助でも観てみたい気がします。
刃物当てられる菊ちゃん、異様に美しいし、テンション上がります。
歌舞伎座における坂田藤十郎主演の「曽根崎心中」レビューはこちら
「曽根崎心中」のあらすじが書いてあります。

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