最高のパートナーシップともうたわれる
熊川哲也とヴィヴィアナ・デュランテ。
熊川の怪我以来初めての共演を楽しみにしていたが、
なんと降板!
ツアー初演の5/9、大宮の舞台・1幕途中で東野泰子に入れ替わり、
そのまま東野が代役。
ふくらはぎの故障で全治3週間と診断され、
昨夜のタイトルロールは東野泰子にキャストが変更された。
(オーチャードホール)
去年の「海賊」で熊川の開幕直前降板を経験しているし、
今度は熊川ではなかったので、
少なくとも「あの怪我」について心配することはなく、
その意味では平常心で観劇できた。
が、
やはり片翼を失った傷は深かったといえる。
一言でいって、
「そこに愛はなかった」
熊川の「ジゼル」が高く評価される理由のひとつは、
常に舞台に「ドラマ」が存在する点。
その「ドラマ」はキャストの生のキャッチボールによって日ごと変化し、
同ツアー同キャストであってさえまったく違う印象を与えることすらある。
王子のアルブレヒトはどうしてジゼルに惹かれたか。
アルブレヒトはジゼルとどんな恋をしたいのか。
花占いの結果に気を落とすジゼルを、アルブレヒトはどう励ますか。
許婚があることをジゼルに知られてアルブレヒトはいかに弁解するか。
許婚に対し、アルブレヒトはジゼルの目の前でどんな態度をとるか。
死んでしまったジゼルに、
アルブレヒトは何を感ずるか。
一幕の幕切れ。
ジゼルの母親に追い払われ、いったんはジゼルのもとから離れたアルブレヒトは、
でも離れがたく戻ってきた。
戻ってきたが、倒れたジゼルを掻き抱きはしない。
触ることもできない。
遠巻きに立ち、そしてひざまずいて、祈る。
「ジゼル~!」ではなく、「神よ!」なのだ。
熊川は、正直だ。
ジゼルをかわいいと思う、かわいがってやりたいと思う、
しかし、心がよじれるほどの愛ではない。
失って、自分が壊れてしまうほどの恋でもない。
一幕を演じた結果、
「アルブレヒト」として熊川はそう生きたのだ。
あの「神よ!」は自然な流れだったと思う。
タイトルロールを初めて踊る東野を
狂乱の場では抜きん出たオーラを発する名優ヴィヴィと比べるのは
あまりにかわいそうではあるが、
技術はともかく、
ジゼルの心の起伏がつかめていないので
一つひとつの動きが「型」のなぞりになってしまっている。
畢竟、
熊川もそんな東野の演技を受けているうちに、
段取り芝居になっていくのだ。
いつもの舞台で見られる、感情の旋風が吹き荒れるような
愛の疾走は感じることができなかった。
何か重大なミスがあったわけではない。
コールドもよくそろっていた。
一幕、ペイザンのパ・ド・シスもよかった。
とくに、神戸里奈と橋本直樹のパ・ド・ドゥとソロ。
橋本の重心がどっしりしながらベクトルが上へ上へと向く安定感、
神戸のピクリとも動かないバランス。
二人の演技は特筆に価する。
まったく踊らない役だが、許婚である公爵の娘バチルドを演じた
松根花子も目を引いた。
「公爵令嬢」という上品で、箱入りで、無垢だが残酷な美しい貴族を
彼女は居住まいと仕草と、顔の表情のちょっとした変化で表した。
彼女は今ツアー中にミルタも踊るので、期待したい。
決定的に悪い、というほどのものはないが、
息をのむほどの緊張感が保てない。
音楽も凡庸だった。
素人の私がいうのはおこがましいのは百も承知で書くが、
指揮者の井田勝大には、もっとバレエを知ってもらいたい。
せっかく音楽の変化を場面や表情の切り替わりに合わせているのに、
同じペースですらすら流れていくのみ。
旋律にもリズムにも表情がなかった。
舞台に求心力が生れない。
そのため、
劇場全体の空気が弛緩する。
二幕、
アルブレヒトと白いジゼルのグラン・パ・ド・ドゥ。
恋するジゼルの魂が精霊にもなりきれずアルブレヒトの近くをさまよい、
それにアルブレヒトが気付いて喜びそして失ったものの大きさに改めて気付く
最高にせつなくドラマチックな場面なはずなのに、
客席のあちこちから咳、ものが滑り落ちる音。
気の毒なくらいであった。
熊川の足は不安なく見ることができた。
しかし、
場の雰囲気を盛り返そうとする分もあるのか、
多少荒れ気味だったかも。
つくづく、パートナーシップというのは大切だとわかる。
熊川とヴィヴィとの切り離せないほど濃密なコンビでなくても
SHOKOとの「放蕩息子」、
荒井祐子との「白鳥の湖」、
ほかにも康村和恵、吉田都など素晴らしい舞台はたくさん見てきた。
東野の精進と成長が
Kバレエのまた新たな求心力を生む原動力になることを願う。
こうなると、
熊川以外のキャストの日は割安感が増す。
S・A・B席が安いだけでなく、
C席6000円という価格設定もある。
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ヴィヴィ降板!「ジゼル」@Kバレエ
- 熊川哲也とKバレエカンパニー
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