序曲が始まり、紗幕の向こうに海賊たちの揺らぎが出現。
半裸のアリの胸板の陰影が目に留まり、そして彼が前方に何かを発見すると、
いよいよ物語が始まる。
私たちはすでに、冒険の渦の中……。
熊川哲也が「海賊」を再振付し全幕ものとしてKバレエ版を披露してから、
もう10年が経つ。
この「海賊」で熊川は大けがをした。
この「海賊」で活躍した多くの男性ダンサーの中には、すでにバレエ団を離れている者も多い。
それでも次から次へと新しい星たちが表れ、
コンラッドを、アリを、ランケデムを、ビルバントを、魅力的に演じ、踊る。
今回は男性陣だけでなく、洞窟でのヴァリエーションなども音楽と調和して見応えがあり、
改めて見どころ満載のよいプログラムであることを実感した。
中村/遅沢/井坂、浅川/宮尾/山本、矢内/杉野/益子の3クルーのうち、
益子倭のアリが見たくて5/27(土)の昼の部を鑑賞。
益子は自ら「(熊川)ディレクターと体格が似ている」ことを自覚し、
彼の体型に合わせた振付をそのまま自分に移せるメリットを最大限に利用している。
そう。
私はそこに熊川の幻影を見る。
もちろん、同じではない。
宝箱を運ぶ仕草や刀を振るっての殺陣などを見れば「まだまだ」はおのずと知れる。
けれども、ここぞアリの踊り、というところでは、
ジャンプの高さ、滞空時間、動と静のメリハリ、行くところまで行くぞというピルエットなど、
申し分のない出来である。
バレエユースの第一回公演パンフレットのプロフィールには
「いつか熊川さんの息の根を止めるダンサーになりたい」と大胆発言。
先日バレエGentsにインタビューする機会に恵まれ、そのことに触れたら
「逆に息の根止められそう」とか他のメンバーに茶化されていたけれど、
その志やよし。
彼は昨年「ラ・バヤデール」でのブロンズ・アイドルとしてのデビューを
怪我によって棒に振っているが、
その直前に観たソロルの踊りに比べ、格段に踊りの精度が増したように感じるのだ。
ひどい怪我でなくてよかったと思うと同時に、
休養期間、頭を使ってしっかりと過ごしたんだな、と非常に満足している。
技術だけではない。
私は「アリ」という人物造形にうなった。
「ラ・バヤデール」の白眉は何といってもグラン・パ・ド・トロワ。
海賊のアジトである洞窟に、キャプテンであるコンラッドの賓客(にして妻)の
メドーラを迎える踊りだ。
ここを、ガラ公演ではメドーラとアリのみのグラン・パ・ド・ドゥとして切り取ることが多い。
そのため、そこだけ見るとアリとメドーラが相思相愛の仲だと誤解してしまうことがある。
しかしアリは、あくまでしもべなのだ。
自分が心酔し尊敬し、どこまでも忠誠を誓っているコンラッドの大切な人を
全力でお守りするという気持ちで迎え入れ、そしてコンラッドに引き渡す。
そういう踊りである。
だから、メドーラと対等の気持ちで踊ってはいけない。
野心はない。あくまでコンラッド命。だから最後に身替りとなって命を落とす。
忠誠の男なのだ。
そこがぶれずによく表れていたアリだった。
そうした「コンラッドとメドーラ」より一歩引いた存在でありながら、
弾けんばかりの身体能力と常にフルアウトの気概と活躍、
そしてキャプテンの一番の腹心であるというプライドによって、舞台でもっとも輝く。
そういうアリに、益子はちゃんとなっていた。
アリが観客を沸かせるから、コンラッドも負けてはいられない。
コンラッドは演技部分が多いので、あまり踊れなくていい、みたいに思われがちだが、
そんなことはない。
杉野のコンラッドはソロもトロワもそしてその後のメドーラとのパ・ド・ドゥも
若々しい中にキャプテンとしての大きさを感じさせるコンラッドだった。
そしてメドーラ!
矢内千夏は完璧。出てきただけで光り輝く。スターのオーラ。
演技ではない。技術に演技が融合している。踊りに喜怒哀楽を背負わせることができるプリマなのだ。
これだけ踊れる矢内がまだソリストだという驚異!
ていうか、
コンラッド杉野、メドーラ矢内、ランケデム篠原、ビルバント石橋、全部まだソリストでっせ。
そして益子アリに至ってはいまだファーストソリストなのであった!
3ヴァリエーションでも柱はソリストの井上とも美だが、大井田百と岩渕ももはファーストソリストだ。
若手を起用したたった1回の公演でも、これほど完成度が高いというKバレエの層の厚さに、
私はもう、感無量なのでありました。
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Kバレエ「海賊」(矢内/杉野/益子)@オーチャードホール
- 熊川哲也とKバレエカンパニー
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