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Kバレエ「カルメン」(熊川/マルケス)@オーチャードホール

今回は見られないと思っていたKバレエの「カルメン」、
東京公演もあと2日となり、手詰まりになってから駒が右に左に動いて、なんと!
熊川/マルケスの回のチケットを入手することができました!
まずは、バレエの神様に感謝。
すでに観劇された複数の方々から
プロダクションに対する好評価を耳にしていたので
期待して臨みました。
とはいえ、
「カルメン」に関しては、
私はKバレエがその創成期に手掛けたローラン・プティ振付の作品が
心の底から好き。
熊川にとって永遠の想い人であるヴィヴィアナ・デュランテとの
恋の軌跡をたどるような濃密な45分間。
これ以上の「カルメン」など私にとってはないだろうと思い、
同じ振付であってもデュランテ以外のカルメンでは観るまいと決めたくらい、
私はこの作品が好き。
(これについて語ったブログはこちら
でもきっと、
「カルメン」という作品自体が、そういう情熱を
観る方にも演じる方にも湧き上がらせる作品なのではないかしら。
・・・そう感じたのは、
Noismの「カルメン」を観たときでした。
(これについて語ったブログはこちら
たしかに最初は戯れだったかもしれない。
でも「あの一瞬」だけは本当だった、そう確信できる「真実の恋」の終着駅。
くぐもったマグマが爆発し、そして今はまた、活火山であったことさえ忘れられるほどの
「思い出の写真」になってしまったような静けさとともに。
夕間暮れの大地で繰り広げられたワイルドなグラン・パ・ド・ドゥに降り注ぐミモザ。
Noismの作品を見たからこそ、
私はKバレエの、以前と異なる「カルメン」を、観る勇気が出たのかもしれません。
観てよかった。
また新しい地平が、そこに。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回、
熊川は自らが演じるドン・ホセをどうしようもないカンチガイ男として描ききっている。
世間知らずのマジメな兵隊は、
海千山千の女に誘惑され、騙されたとも知らず恋に落ちて脱走の手助けをする。
兵士としての自分が糾弾されても、カルメンのことを忘れられず、
逡巡しながらも兵士という安定の身分を捨てて窃盗集団の仲間入りをする。
すべては「愛しているカルメンのため」そして「カルメンが俺を必要としているから」。
これまでの「カルメン」には、プティの演出でもNoismの演出でも、
カルメンとホセの間に「愛」はあった。
たとえ一瞬でも、たくさんの恋の中の一つでも、
競争相手の出現によって奪われるのが惜しくなったからだったとしても、
カルメンの中に火花散るほどの「ホセへの愛」が見いだせた。
別れたのは、ホセが自分を独占しようとするからであり、
あるいはカルメン自身が自分の運命に打ち勝てなかったからである。
しかし今回のカルメンは、
ホセに対して、恋心の一つも感じていないのである。
カルメンにとって、ホセは「その他大勢の一人」でしかない。
必要に応じて、男はたくさん誘惑してきた。単にその中の一人。
プティの作品の真骨頂「寝室のパ・ド・ドゥ」の音楽を、
彼は2幕1場、ホセのソロで使う。
牢を抜け出したカルメンはどこへ行ったのか、
彼女を想い、求めるシーンである。
このシーンを見た時、あんなに大切な音楽をこれか?と思ったが、
最後まで観てつくづく思った。
ホセの独り相撲の恋なのだから、愛の音楽はソロでしか使えない。
その直後のカルメンとのパ・ドゥ・ドゥの音楽が
カルメンにまるめこまれる「仕掛け」のコミカルさを含む点でも
秀逸な楽曲構成である。
今回、ホセは恋愛の対象ではない。
カルメンが好きなのは、エスカミーリョだ。
イケメン闘牛士まっしぐら。瞳がハート。
多くの「カルメン」では、
主人公ホセの当て馬としてエスカミーリョを描くため、
どうしてもデフォルメされたり滑稽になったりして、
印象が薄くなりがち。
しかし
今回のエスカミーリョは違う。
どこまでもかっこいい。
だからこそ、
カルメンの「今度は幸せになれるかもしれない」が際立つのだ。
男を下に見て、男に見上げられ、
男なんてこんなもの、とみくびり日々を送っていたカルメンが
唯一見上げ、将来の夢を抱けた男、エスカミーリョ。
切れっ切れの振付には、彼の闘牛士としての技量が、
度量に溢れたマイムには、フェミニストとしての資質が、
神父に対する礼儀には、神への信仰と屠る者としての畏れが、
カルメンに対する表現には、マジメな恋心が
しっかりと描かれていた。
振付の中では、
1幕の「ロープのパ・ドゥ・ドゥ」が好評だったが、
私は断然、エスカミーリョのソロである。
音楽とのマッチングがこれでもか、と小気味よい。
熊川自身、
「再演のときは自分自身で踊りたい」と言っているくらいだ。
コールドとのアンサンブルも絶妙で、しどころ満載。
遅沢佑介、長身スレンダーかつマッチョを生かし、会心の出来だった。
だがホセは、
カルメンの気持ちにまったく気がつかない。
エスカミーリョが本気でも、カルメンが好きなのは自分だと信じこんでいる。
だから、自分を追放したカルメンをどこまでも追い続けるのだ。
「なんで俺を避けるんだ?」「どうして逃げるんだ?」
まるで、
キャバクラ嬢に愛想をつかされても我に返らず、
出入り禁止になっても彼女をつけ回し、
家の前で待ち伏せして彼女を殺してしまう、
現代のストーカー殺人と同じなのである。
闘牛場の外で繰り広げられるホセとカルメンのやりとりは、
背筋が凍るほどリアルだった。
カルメンの瞳の中には、恐怖しかない。
これまでたくさんの男を手玉にとってきたが、
みな最後には「騙された」とわかってくれた。
でもこの男は違う。
何でここまでしつこいの? どうしてあきらめてくれないの?
自分から逃げようとするカルメンを撃ち殺し、
手からピストルが滑り落ちた後の、
ホセの顔に浮かんだ狂気と安堵の寒々しいほどの暗い笑み。
やがて、彼はこけつまろびつカルメンにいざり寄り、
抱きしめ、抱き上げ、去っていく。
犯罪者の心理だ。
意に染まないものを、殺してでも自分のものにしようとする男だ。
カルメンのだらりとした死体を抱えて去っていくホセの後ろ姿には
「マノン・レスコー」のラストシーンが重なるが、
おそらくホセもデ・グリューほどには自分が愛されていたと
勘違いして歩いているだろう。
彼は永久に、
カルメンが自分を指の先ほども愛していなかったことを
理解できないのである。
ひとつの正義もなく、
ひとつの理性もなく、
ただ自分勝手で、思い込みだけで女を犠牲にした殺人者を
熊川はこの最後の場面で、
どんな俳優より巧みに表現した。
こんなどうしようもない男ドン・ホセと、
そんな男を騙したつもりで、そんな男のために命を落とす
救いようのない女カルメンの物語が
「カルメン」だ。
おそらく、
「カルメン」とは、最初からそんな話だったのだろう。
女で失敗するおぼこい男に対する警告であり、
男をみくびると痛い目に遭うよという女への警告でもある。
でも男は自分が愛した女には、
それがどんな女であっても自分へのの愛があったと思いたい。
たとえそれが一瞬であったとしても。
その願いが玉虫色の女の横顔を様々に解釈し、
多くのカルメン像を生んできたのかもしれない。
今回のKバレエの「カルメン」は、
形はクラシックであり、振付も様式的でありながら、
そうした「たられば」を一切排除した、
残酷なまでに俯瞰的なカルメンだった。
私が観た日のミカエラは神戸里奈。
純心さは出ていたが、カルメンへの気持ちは表現されておらず、
その点はちょっと物足りなかった。
べろんべろんに酔っぱらってカルメンにいいようにもてあそばれる
上官スニガにスチュワート・キャシディ。
いつもながら、どんな役でもできる凄いダンサーだ。
ロベルタ・マルケスとのからみでは、さすがのパートナリング。
女性ダンサーを気持ちよく自由に踊らせてくれる人である。
モラレス役の伊坂文月も好演。彼も表現豊かで、
踊りだけでなくマイムもしっかりしていて場面を引き締めてくれた。
コールドのレベルは高く、
特に男性陣の長くてまっすぐな足には惚れぼれする。
今回は熊川/マルケスの鉄板コンビだったが、
若きドン・ホセも観てみたかった。
すでに技術やダイナミックさだけでいえば、
熊川を凌駕する場面はいくつもあろう。
ただ、
ラストシーンの圧巻さは、
やはり熊川ならではなのではないかと私は思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は、熊川哲也という人間を、本当に見くびっていた。
ここまで自分を客観視し、
自分の個性と、ダンサーとしての欲望と、クリエーターとしての計算とを
まったく分離して作品を作れる人とは思っていなかった。
「ハバネラ」をカッコいいホセとして踊った自分を捨て、
オペラ同様、この曲を元のカルメンに譲った熊川。
思い返せば返すほど、
すごい男だと思う次第なのでありました。

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