宮本亜門演出、市村正親主演、大竹しのぶ共演のミュージカル。
近来稀に見る、素晴らしい舞台である。
何といっても出演者のレベルが高かった。
主要な人物だけでなく、アンサンブルすべての役者の出来がいい。
出色は、ソニン。
クラシックの出の人?と思うほど、発声がしっかりしていて、
美しいソプラノで高音ビブラートを響かせている。
彼女はゴマキの弟とユニットを組んでデビューした。
相棒の二度にわたる不祥事で不遇をかこち、
売られ方にかなり哀愁漂う時期もあったけれど、
時々見せる「もっとうまくなりたい」というド根性な横顔に、
私はこの人が、いつか大物になる予感を抱いて応援していた。
だから、今回「赤ん坊の時にスウィニー・トッド(市村)と引き裂かれた娘ジョアンナ」という
大役を満点の出来で演じきった彼女に、
心から拍手を贈りたい。
また、ミュージカル初登場のクラシック声楽家・中西勝之のテナーにも酔いしれた。
「イタリア人の陽気な床屋」役の中西は、圧倒的な声量と豊かな声質で会場を満たし、
オペラチックな歌い方を役作りにうまく反映させて、脇役ながら、キャラクターの印象を強く残した。
武田真治も、登場した途端、観客の目を奪う存在感。
声は細いけれど、「ちょっとオツムは弱いが優しい若者」という役どころとマッチして、非常に好演。
メイクもあろうが、一瞬武田とわからないほど、役に入り込んでいた。
市村正親は言うまでもない。
彼は歌うように演じ、演じるように歌う。
その声に現れる陰影。ふと見上げた視線に漂う、様々な心情。ある時は孤独、ある時は愛。
そして、ある時は、激しい憎しみ。そして、ユーモア。
変幻自在な市村を見ていると、
彼の「オペラ座の怪人」や「エレファントマン」を観てみたかったと思わずにはいられない。
そして、大竹しのぶ!
彼女が歌う、と聞いた時、私はこの舞台を観るのやめようかと思ったくらいなんだけど。
さすが、大女優は帳尻を合わせてくる。
歌が上手いか、と問われれば、彼女より上手い人はコーラスの中にもいただろう。
けれど、ミセス・ラヴェットという豪快で下品であけすけで、でもけなげで愛すべき女を、
ユーモアたっぷりにここまで完璧に演じられる人はいない。
夏木マリで見てみたい感じもするが、そうなると、この悲劇の中に笑いは生れなかったと思う。
カーテンコールに、宮本亜門が登場するのを、ひそかに期待していたが、出てこなかった。
出てきたら、スタンディングで迎えようと思っていたので、ちょっと残念。
日本語に翻訳するミュージカルには致命的な弱点がある。
それは、重唱をすると、かならずコトバが濁ってしまうこと。特に男女の時。
原文では二人とも「You are」と歌えるのに、
日本語では「あなたは」と「お前は」、「だな」と「だわ」みたいに、
同じ歌詞では歌えないのだ。
だから、二人がそれぞれの心情を歌い出すと、耳障りにバラバラに聞こえ、
不快なだけでなく、何を言っているかもよく聞き取れない。
今回、それがとても少なかった。
市村・大竹も、若いカップルのソニンと城田優でも、市村と城田でも、
このフレーズではどちらのセリフを主とし、どちらを従とするか、
非常に計算されて強弱がつけられていたので、聞きやすかった。
作詞・作曲はスティーヴン・ソンドハイム。
ソンドハイムの音楽は、重厚で、一筋縄ではいかない。
その難しさを微塵も感じさせない歌い手たちに、感服。
宮本亜門は「太平洋序曲」「Into the Woods」など、ソンドハイムの作品を多数手がけ、
彼の芸術の核心を真に理解して作りこんでいる。
あらすじは、ロンドンを舞台とした猟奇的な復讐劇の顛末だが、
現在日本で毎日のように起こっている家族をめぐる殺人事件の数々と、
思わずひき比べて観てしまう。
人間は、どこまで無感覚になることができるのだろう。
気がついたら、鬼になっていた。
そんな、悲しい舞台だった。
脚本にムダがなく、緻密。
観て、絶対、損はない。
「スウィニー・トッド」は東京日比谷の日生劇場で1月29日まで。
松本、名古屋、大阪、北九州と順次まわります。
ぜひ、お近くの劇場へ!
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「スウィニー・トッド」
- ミュージカル・オペラ
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