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「タン・ビエットの唄」

「ベトナム」というと、みなさんはどんなことを思い浮かべるのだろうか。
かわいい小物たち。
生春巻。
色鮮やかなアオザイ。
ベトナム・コーヒー。
意外とおいしいフランスパン。
豊かな水だったり、バイクの巻き起こす粉塵だったり。
今、ベトナムは人気の観光スポットの一つ。
私は小学生の頃、よく世界地図を見て空想の旅をした。
一番好きだったのが、インドシナ半島。
あの、何ともいえない曲線が好きだった。
そう、ベトナムのSの形が。
だから、ベトナムに行きたかった。ベトナムに住みたかった。
でも。
既にその頃、ベトナムは戦争の真っ最中だったから、
私は漠然と、
「隣りのカンボジアでもいいな」と思った。
海はないけど、トン・レサップ湖はとても豊かな水をたたえているはず。
私は空想の中でアオザイを着て、
カンボジアの子どもたちと一緒にトン・レサップのほとりに座っている。
彼らの先生になるのが、私の夢だった。
しかし。
そのカンボジアでもポル・ポト政権が圧制を敷き、大虐殺が行われた。
「食べろ」と差し出されたカンヅメにフランス語で「毒」と書いてある。
「毒」だとわかると、知識階級=ブルジョア=敵とみなされ、その場で殺される。
毒だと知らずに食べても、死んでしまう。
もしかしたら、ウソかもしれないと、
何もわからないフリをして「毒」と書いてあるカンヅメの中味を食べるしかない。
…そんな話を聞いた。
「カンボジアの先生」に、未来はなかった。
「タン・ビエットの唄」は、
1969年、アメリカ軍によって村人全員が殺されてしまった村で、
奇跡的に助かった幼い姉妹の話である。
イギリス国籍を得て20年間ベトナムを離れていた妹フェイ(安寿ミラ)が、
戦争が終わっただけでなく、「社会主義」というものも失われた90年代の祖国に帰ってくる。
かつて「社会主義」の未来に希望を託して戦火をともにくぐってきた仲間たちが、
今どうしているか。
そして、姉ティン(土井裕子)の消息は?
一見無気力に、投げやりに、希望を捨て志を捨て、流されるばかりに生きているようにしか
見えなかった仲間たちが、
日々過去にさいなまれ、しかし一日一日を懸命に生きている。
それが素直に伝わってくる、素晴らしい生命賛歌である。
希望に向かってまっすぐ生きるティン役の土居裕子の清らかな声が絶品。
安寿ミラのほか、
畠中洋、吉野圭吾、宮川浩、駒田一、戸井勝海と群像劇を支えるソリストたちが皆聞かせる。
死と生、希望と絶望、
どん底を生き抜いて今、望んだものが叶えられない人々のやるせなさを、
それぞれがしっかりと歌で、演技で、心で表現している。
フェイの遍路の形をとりながら、過去と現在を行きつ戻りつ、
少しずつ過去の秘密が見えてくる脚本が秀逸。
労働風景をダンスやマイムにデフォルメしてまったく違和感をかんじさせない謝珠栄の振付・演出も光る。
過去・現在・都市・田園・ジャングル・と場所が次々変わるのを
スムーズに切り取っていく美術にも感服。
東京芸術劇場の中ホールというこぢんまりした空間で、
吉野圭吾と畠中洋が激情をぶつけあい歌いあう様は、
「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」に勝るとも劣らない迫力。
アジア発のアジアの物語。
歴史の中で翻弄され、それでも泥臭く生きていく崇高さを、
一編の詩に託し私たちに投げかけてくれている。
1週間しかやらないミュージカルなので、
ぜひ、お早めに。(っていうか、17日が楽日! あと一回!)
ハイクォリティなミュージカルで、
どんなに分厚い教科書より鮮烈に、ベトナムがわかる3時間です。

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