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「ミス・サイゴン」

初めて「ミス・サイゴン」を見たのは2004年の公演。
市村正親のエンジニアと、新妻聖子のキム、そして岡幸二郎のジョンが見たかったので。
三人ともパフォーマンスは抜群だったけど、
見た後、気持ちが暗くなった。
「ミス・サイゴン」という作品そのものに感情移入できなかった自分がいたのだ。
きっともう「ミス・サイゴン」は見ないだろう、と思っていたのに、
今年も買ってしまった。それは、
藤岡クリスとソニンキムが見たかったから。
行ってよかった。
前回より、アンサンブルなど、全体の質もよくなった気がする。
端役に至るまで、1人ひとりが魅力的。
再演を続ける強みだろうか。
そして、作品に対する私の理解力も増した。
私は「ミス・サイゴン」がとても好きになった!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ソニンは、歌唱力だけを比べれば、新妻には及ばない。
特に低音をソフトに歌うところでは、音程もフラット気味。
朗々と歌い上げるところが素晴らしいだけに、平面的な地声になってしまうと違和感あり。
しかし、
そんなことを吹き飛ばすくらいに、キムという1人のベトナム女性を体当たりで演じ、
思わず心打たれ、落涙を禁じえなかった。
田舎から出てきて、ダンスも知らないのに娼館の初見世に出たときの、こわばった背中。
男に誘われそうになって、震えのとまらない左手。
クリスと一晩過ごした後、聞かれて答える故郷での悲惨な体験を吐き出す時の怨念。
わが子タムを守るために、幼なじみのトゥイに銃を向ける必死さ・・・。
顔を泥だらけにして収容所で生きながらえるど根性。
クリスといた時間より、クリスを待つ時間のほうが、きっと深くクリスを愛しただろう
その情熱の濃さ…・・・。
キムの「叫び」が、ソニンの中からわいてくる。
その激しさが、ソニンのキムを支えていた。
キムを愛しながら、キムにはまったく振り向いてもらえない「元」いいなずけのトゥイは、
泉見洋平。
目が血走って、もう、鬼気迫る演技です。
べトコンとして、徹底的にアメリカを憎む気持ちが
そのアメリカ兵にキムを持っていかれた嫉妬と重なって
最後タムに刃を向けさせるわけですが、
その気持ち、無理もない、と思わせるだけのものを表現していました。
亡霊になってからも、キムが罪の意識から逃れられないことがみてとれたのは、
トゥイの亡霊が本当に怖かったからです~。
藤岡クリスは、オペラ歌手かと思うほどの豊かな声量で劇場を揺るがす。
好きだ~、藤岡クリス!
色男、という感じじゃないのもいい。GIっぽさがあって。
そして、ソニンを押し倒したときにめくれてしまった彼女のスカートの裾を、
さりげなく元に戻ながらラブシーンを続ける気遣いもグー。
今まで、クリスってどうも好きになれなかったんだけど、
今回は帰還兵としてのクリスの苦悩がよくわかった。
どちらかというと、
クリスはいい人すぎて戦争にもベトナムにも適応できず、
帰国すればしたでアメリカにも適応できずに苦しんでいたのね。
クリスは自分に正直すぎただけなの。
逆にジョンは、
戦争でもベトナムでも上手く立ち回っていいとこ取り、
帰ったら手のひら返したように
アメリカ兵とベトナム女性の間の子ども達(ブイドイ)を「救う」慈善事業なんかやっちゃって、
「あんた、たまたま子どもができなかっただけでしょ!」の違いだけなのに、
クリスに「子どもがいるんだ、甘すぎる」はないだろ!って
思わずクリスに感情移入。
ブイドイを「ゴミくず」というジョンは大っ嫌いだけど、
ジョン役の岸祐二はよかったです。
クリスの妻エレン役であるシルビアもよかった。
クリスの告白を受け入れながら、涙ぐんでいました。
あのエレンだったら、クリスが「君だけなんだ、今は」と言っても許す(笑)。
「もし私が逆の立場だったら」というセリフがとても効いていて、
戦争のPTSDに翻弄される夫を助けたい、優しくて強い女性、
単なる嫉妬にかられない知的な女性を体現していました。
さて、橋本さとしのエンジニア。
よかった。
市村さんはやっぱり年齢が年齢だけに、
キムの保護者的な感じが強くなっちゃうの。
哀愁漂っちゃうっていうか。酸いも甘いも知り尽くしてなお生きている感じ?
それに対し、
橋本エンジニア、まだまだ若いし、上昇志向のカタマリです。
キムとタムを切り札に、絶対にアメリカに行ってやる!という野心、
祖国を逃れ難民となったタイでのしがない身過ぎ世過ぎに自嘲気味なところ、
すごーくよく出ていました。
最初の方は、少し声が上ずっていて聴きづらかった部分もありましたが、
アメリカさんが帰っちゃったあたりから本領発揮、
軽くお客さんをいなすところもこなれていて、楽しかった。
9月には、井上クリス、新妻キム、別所エンジニア、ほのかエレンでもう一度。
見比べるのが、本当に楽しみになってきました!

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