市村正親が扮するのは、地中海に面するフランスの歓楽街・サントロペで
ゲイのショーダンサーとして主役を張るザザ。
女装で歌うときは「ザザ」だけど、本名はアルバン。
日常生活ではクラブのオーナー・ジョルジュ(鹿賀丈史)の長年のパートナーだ。
ジョルジュの一粒種・ジャン=ミシェル(山崎育三郎)を24年間、
母親代わりとしてずっと育ててきた。
そのジャン=ミシェルが結婚相手を紹介したいという。
彼女・アンヌ(島谷ひとみ)の父親(今井清隆)は、ガッチガチの保守派議員。
「当選のあかつきには、サントロペのゲイクラブを一蹴!」
などと公約している人だから、
いわばザザやジョルジュの天敵みたいな人。
でも、ジャン=ミシェルはアンヌと結婚したい。
アンヌの家族に気に入られたい。
だから、自分の育ての親が女装したゲイだなんて見せられない。
「一日だけ、ボクの生みの母親を呼んで。
一日だけ、アルバンはどこかへ行っていて。
一日だけ、フツーの家庭を演じて!」
父親のジョルジュはたしなめる。
「お前を育てるために、すべてを犠牲にしてきたアルバンに
そんな仕打ちをするのか?」
でも、息子のため、息子の将来のため、愛のために、
「親」はすべてを受け入れようとする。
ゲイバーのショーを見るような、どたばたのコメディ。
そんなふうに思われがちな「ラ・カージュ・オ・フォール」だが、
実は幾重にも愛がはりめぐらされた、切なく暖かい物語だ。
特に、子どもを育てた親の愛情、
長年連れ添ったパートナーへの愛情への観察眼は見事。
どんなに理不尽でも、「子どものいうこと」ゆえに許される部分、
逆に「親だからこそ」たしなめられる部分、などなど
ゲイカップルだとか、ステップファミリーだとか、
そういう特殊性を抜きにしても
この家庭の物語はリアリティと慈愛に満ちている。
今よりずっとゲイカップルへの風当たりの強かった80年代に
初演されたこのミュージカルは、
自分たちが「特別」ではなく「同じ」だということを
言いたかったのかもしれない。
彼らの物語を支えるキャストの実力が
またモノをいう。
市村正親の「女っぽい」ゲイが絶品。
特に背広を着てサングラスをかけた「昼間」のアルバンの
男装してもナヨっとしたところが透けてみえるところに
思わず「いるいる、こういう人!」と膝を打ってしまう。
市村の実力があますところなく披露されるのは、
「普段着で料理をし、夫の帰りを待ちくたびれた」感じの疲れたアルバンが
舞台用の化粧をしながら徐々に「ザザ」というスターになっていくところ。
「マスカラ」という歌をうたいつつ、
本当にマスカラをつけ、頬紅を塗り、カツラをかぶっていくその過程と、
鏡の中で変身する自分に励まされるようにして
どんどん自信あふれる歌声になっていく様子が圧巻。
歌という意味では、
鹿賀丈史の甘くたっぷりとした歌声が秀逸だ。
序盤、台詞回しではちょっと滑舌が心許ない部分があるものの、
歌になれば話はちがう。
なんという声量、なんという歌心!
心からアルバンをいとおしむ愛情深い一人の男を、
鹿賀は全身で魅力的に演じて舞台にこれ以上ないほどの説得力を与えている。
若い山崎育三郎も、ジャン=ミシェルを魅力的に歌い上げる。
人をひきつける、豊かでまっすぐな声だ。
他にも今井清隆・香寿たつき・森公美子と主役級のキャストが脇を支える。
今井など、ほとんど歌の出番もなく、もったいないくらいである。
ダンスも質が高い。
ラインダンスからカンカンまで、ありとあらゆる技術を駆使して
激しく美しいダンスを次から次へと繰り広げる
カジェル(女装のダンサー兼シンガー)たち。
特に、真島茂樹は、スバ抜けている。
彼は日本版の初演(84年)から出演し、振付も担当。
初演時から、ウエストサイズが1センチも変わっていないというから
本当にプロ根性に感服。
コミカルな演技とともに、手や足の伸びの美しさやジャンプの高さに、
才能と実力と努力を感じさせる。
残念だったのは、アンヌ役の島谷ひとみ。
可愛らしい笑顔には華があり、
背格好もジャン=ミシェルの山崎とはお似合いだったが、
ダンス・歌・演技は、まだ舞台に必要なレベルに至ってはいない。
周りがベテランだけに可哀そうなくらい目立ってしまった。
もしこれからもミュージカルで活躍しようとするのならば、
基本からじっくり鍛錬する必要があるだろう。
私の家庭も、
子どもが一人立ちする時期を迎えている。
本当に彼らが社会の荒波の中でうまくやっていけるのか、
本人以上に不安な気持ちを抱き、
毎日夜も眠れない日が続いたりする今日このごろ。
自分たちの子育ての数十年を否定するつもりはないけれど
「本当にこれでよかったのだろうか」を問い直させられるようなことに
直面させられている。
「もう一人前」「親としてやることはやった」などといいながら、
親にできることは本当に少ない。
ジョルジュがジャン=ミシェルに向かって歌う「見てごらん」という歌を聞きながら、
どの親も、必死でがんばって
いいか悪いかなどわからないまま、結果もどうなるかわからないまま
とにかく愛を注いで子どもを育てるものなんだな、
それをわかってくれるのは、
長年一緒にやってきたパートナーだけなのかも、と
いろいろなことがよぎる一夜でもありました。
ラスト、
二人ともスーツ姿のアルバンとジョルジュが
しっかりと後ろで両腕を組みながら歩いていく姿に
励まされてしまった私でした。
東京・日比谷の日生劇場で、今月28日まで。
その後、
北九州芸術劇場、大阪の梅田芸術劇場と公演は続きます。
市村さんと鹿賀さんのがっぷり組んだ声の競演という意味でも
ぜひ見ておきたい舞台です。
お時間のある方、ぜひいらしてください。
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「ラ・カージュ・オ・フォール」
- ミュージカル・オペラ
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