圧倒的な舞台である。
迫ってくるものがある。
牢獄、拷問、裏切り、スパイ、
そういった暗すぎるシチュエーションを
「好きな映画」「すがりたい思い出」といった
「想像の世界」の華やかさで飾る舞台転換が鮮やかだ。
痛めつけられる政治犯ヴァランティン(浦井健治)の傷や疲弊のリアルさと
幻想の世界のとのギャップは
しかしだんだんと一つに集約されていく。
その二つを橋渡しする女(あるときは蜘蛛女、あるときは大女優オーロラ)を
演じた金志賢の歌がメチャメチャいい!
これは「上手い」とかいうレベルを超えている。
「ジキル&ハイド」のマルシアが歌手としてのひとつの最高峰だとすれば、
この金志賢の「蜘蛛女」は、ミュージカル歌手とはこれだ!っていうもうひとつの最高峰。
声に憂いと艶がある。
囁いても、叫んでも、歌い上げても、
そこにいるのは「歌手」でも「女優」でもなく「オーロラ/蜘蛛女」。
その存在感は、舞台の色を決めた。
そして、モリーナ役の石井一孝、ヴァランティンの浦井健治、
この二人もいい。
金と並んで見劣りせずに歌っていること自体がまずすごい。
石井はモリーナが卑屈だった前半より、意思を持ち始める後半、
声に伸びが加わって文句なし。これも彼の演技プランだろう。
浦井は…浦井は、御見それしました!
こんなに上手かったっけ???
「回転木馬」「ダンス・オブ・ヴァンパイア」「シラノ」「ヘンリー六世」と
彼の舞台を観てきたけれど、
これほどの声量とたしかな節回しと存在感を感じたことはなかった。
すさんだヴァランティンの荒々しい身のこなしなど、
回転木馬のビリーではちょっととってつけたような感じだったのが
まったく払拭されて、
はっきり言って別人に見えた。
いろいろな役を変幻自在に演じるようになれたということは、
役者として一歩階段を上がったということだろう。
アンサンブルのダンスや歌もレベルが高く、
どの場面を切っても素晴らしいパフォーマンスが続き、
長い話でありながら、無駄のない中身のつまった舞台だった。
オーロラがアンサンブルを従えてショウをする場面では、
「これ、宝塚の完成形だな~」と思ったが、
それもそのはず、
演出の荻野浩一は宝塚で演出を手がけた人物。
彼の最近の作品「オペラ・ド・マランドロ」と同じく
南米を舞台にした話で、
アンサンブルの使い方も似ているところがあるけれど、
こちらは再演ということもあり、
非常にウェルメイドの香りがする。
今日を含めて三日間で4回。
迷っている人は絶対に観に行ったほうがいい。
場所は東京・池袋の駅からすぐの東京芸術劇場中ホールです。
昨夜はちがったけれど、
アフタートークのある日に行った人の話だと、
その場で「All that Jazz」のナンバーを歌ってくれたり、
浦井くんがモリーナのナンバーを歌ってくれたりもしたそうな。
ぜいたくだ~!!
この前観た「キャッツ」、
グリザベラが金さんだったら、ちがう地平が見えただろうな~、
と思った一夜でした。
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ここからはクライマックスについて書きます。
ちょっとネタバレなので、
未見の人はそれを覚悟で読んでね。
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モリーナが出所すると聞いて、
ヴァランティンはモリーナに、外との連絡をつけてもらおうとする。
そのために彼は、
モリーナが自分に惚れていることを利用しようとする。
モリーナはそうと知りつつも、
たった一度でいいから自分を受け入れてもらうことを選ぶ。
…そこが切なくてね~。
ぎゅっと抱きしめながら、
「これがずっと続くとどうすれば信じられるの?」って言うの。
以前「未成年」というドラマで
「こんな日は絶対来ないと思っていた」っていう場面を思い出した。
なんていうか、
「夢だけど、夢じゃなかった!」と同時に
「夢じゃないけど、でも…」っていう、絶望の淵に咲く一輪の紅い花、
信じたいけど信じちゃいけない、その哀しい幸せが辛いです。
いわゆる濡れ場はないんだけど、
舞台の壁に映し出された二つの手、握り締めあってからまりあう二つの手が
非常にエロティックでした。
ヴァランティンはモリーナをほんとに愛したってことにしてほしいって
私は思わず願ってしまったよ。
でも、
次の朝、親しく自分の頬に触れるモリーナの手を
ヴァランティンはすげなく避ける。
あー、やっぱそこに「愛」はなかったんだ…っていう、
ここも一気に落胆するところ。
人間ってそこまでできちゃうもの?と思わせながら、
そうだよね、毎日監禁と拷問の繰り返して
「俺は絶対気が狂う」「俺はここで死ぬんだ」って
体中を傷だらけにしてなんとか生きている人なんだから。
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」みたいなものだよね。
でもヴァランティンの心の中に、モリーナの「愛」は届いた。
今度はモリーナがヴァランティンにとってのオーロラになって
獄中の彼の夢の中に出てくるのかもしれない……。
深い深い話でした。
観る人によっていろいろと考えることは違うと思いますが、
裏切っても裏切られても
今そこにあるその「感情」にはウソがない。
そう信じられる瞬間があれば、人は幸せになれる。
…そんなことを考えました。
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「蜘蛛女のキス」@東京芸術劇場
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