名作である。
文句のつけようがない。
脚本が素晴らしい。
狂言師・野村萬齋と歌舞伎役者・尾上菊之助の共演を見てみたい、と劇場にかけつけたが、
こうした一流の役者たちが紡ぎ出す言葉の美しさに、
私は聞きほれた。
「源平北越流誌」と副題があるように、
舞台は倶利加羅峠で大勝した直後の木曽義仲軍と、
安宅の庄で、この後どう持ちこたえるべきか考えあぐねる平家陣。
平家の武将にして、かつて2歳の義仲を、温情から密かに木曽に預けた経緯を持つ
老体・斎藤実盛(野村萬齋)と、
その息子・五郎(尾上菊之助)の物語だ。
もう一人の息子・六郎(坂東亀三郎)が、「森の住人」義仲サイドに寝返ることから、
憧れの「森」で、何が起きているかが明らかになっていく。
カタチは平家物語を踏襲しながら、
見る人が見れば、これは連合赤軍の話なのだ。
巴御前(秋山菜津子)は、永田洋子をほうふつとさせる。
学生運動たけなわの頃、まだ子どもだった私が、
2008年の今見てもそう思うのだから、
劇団民藝が初演した1980年、会場にいた誰もがそれを直感しただろう。
(この時、実盛は宇野重吉、巴は奈良岡朋子。これも見たかった)
内ゲバの話である。
疑心暗鬼の中で、人々が狂っていく話である。
ヘルメットとゲバ棒と、リンチと、
そんな殺伐としてホコリっぽく、アートのかけらも感じさせない事件を
清水は琵琶の音響く幻想の世界に仕上げ、
人間の普遍的な魂の苦悩の物語に昇華させた。
蜷川は、清水の本をリスペクトし、
一つも奇襲作戦を使わずに、丁寧に、素直な演出をしている。
老いの話もある。
萬齋の、絶妙のセリフ回し、そして間合いに舌を巻く。
菊之助と親子、という設定は無理がある?と思ったのは最初の10秒だけ。
見事に58歳の老体を演じ切る。
親子の話もある。
萬齋が時につぶやく親の気持ちに胸をつかれる。
息子役の菊之助もいい。
囁くように語りかけるコトバが、こだまのように会場に響きわたる。
幼さを残した面影で、父を追いかけるその姿が
血なまぐさい他の面々とのコントラストになっている。
女が恋に身をやつし鬼となっていく話もある。
巴御前の秋山菜津子に圧倒される。
毅然とした態度はどこまでもりりしく、
「この人についていこう」と荒ぶる男たちが思うだけの風格を持って立つ。
一転、狂気の目で男にすがる姿。
残酷なまでに使命を果たそうとする行為。
どれをとっても完璧だ。
彼女は野田秀樹の「The Bee」日本語バージョンで妻の役をやっているが、
これほどまでに完成された演技のできる人とは思わなかった。
脱帽。
あっという間に時間がたってしまうほど濃密な芝居だが、
ふっと肩の力を抜いてくれる笑いもところどころに。
平家側の大将・平維盛役の長谷川博己が光る。
「善か悪か、正義か不義か、右か後ろか、前か後ろか、
そういう二者択一は私の性に合わぬ。
前と後ろの間にもう一つの選択はないものか」
生きるか死ぬかの激情渦巻く合戦に身を置きながら、
一人冷静に評論家的な構えをみせるこの男の、
ひょうひょうとした演技が出色。
狂言師ならではの萬齋のニヤリとするような笑いのツボとあいまって、
私たちを殺戮の渦の中から救ってくれる。
他の役者たちも揃って出来がいい。
みな役になりきって生きている。
その中で、ふぶき役の女性のみ、「演じて」いたのがわかってしまうほど。
殺陣も俊敏で迫力あり。
ラスト、
実盛と五郎の語らいには「若さ」「生」への崇拝がみなぎり、
静かだが力があり、かつ、美しい。
シアターコクーンにて。
見るべし。
見逃してはならない。
戯曲の本は絶版とか。どこかで手に入れたい。
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