あの「ガラスの仮面」をどう舞台化するか。
誰を持ってきても、完璧であるはずがない。
北島マヤのような「どこにでもいる何のへんてつもない女の子だけど、天才的な女優」
姫川亜弓のような「生まれながらのお姫様。非の打ちどころのない美と気品と演技力」
ありえん。
夏木マリが月影先生役。はまってる。
横田栄司が速水社長。だいじょぶか? ちょっとイメージ遠くないか? ワイルドな社長?
正直、あまり期待せずに行った「ガラスの仮面」だったが、
蜷川幸雄という男は、やはりタダモノではなかった。
ものすごくよかった。
さまざまに冒険をしながらも、完成度の高い舞台だった。
まず、横田さんから。
御見それしました。ここまで化けるとは!
こんなソフトな横田さんが現われるなんて、考えても見ませんでした。
速水社長の非情さよりも、「紫のバラの人」としての、素直な速水さんが見えてカワイイくらいでした。
夏木さんは、大熱演。
女優論、演劇論をぶつところは、夏木さん自身が若い俳優達に訓を垂れているようにさえ思えた。
貫禄です。
歌を歌うと、その昔、歌謡曲の歌手だったころの甘ったるい声になる。
ちょっと違和感。でも存在感。
北島マヤ役の大和田美帆は、
言わずと知れた大和田獏と岡江久美子の娘だが、
ラーメンの岡持ちもって白衣と三角巾で現われたときは、ほんとに
「どこにでもいる何のへんてつもない女の子」だった。
ところが、ロミジュリのバルコニーのシーンを演じ始めると、確かな演技力が爆発する。
くるくると役を替え、1人で何役もこなすそのスピード感が心地よい。
オーディションで彼女を選んだ理由の一つが「安心感」というのは、よくわかる。
非常に器用で力がある人だと思った。
驚いたのは、姫川亜弓役の奥村佳恵。
6歳からバレエをやっていたというすらっとした体格と、日本人ばなれした彫りの深い顔立ち。
「見た感じ」、亜弓さんといわれて違和感がないだけでも、これは成功だろう。
ただ、滑舌が悪い。
それで、第一幕はかなり損をした。
前半をひっぱったのは、明らかにマヤ役の大和田だ。
ところが後半、
演劇コンクールで二人が競い合う段になると、がぜん奥村が輝き出す。
「サロメ」をバレエで表現した奥村の顔に現われる、変幻自在な表情。
「亜弓」としての上品で抑えたセリフは冴えなかったのに、
「たけくらべ」の美登里として発するセリフは、非常に聴き応えがあった。
ある意味、
「どこにでもいる何のへんてつもない女の子」なのに、舞台に立つと「天才的」なのは、
奥村のほうなのかもしれない。
学校の文化祭を除けば、舞台に立つのはこれが初めてだという。
それであの度胸とオーラは、将来性十分。
彼女はバレエもできる、歌もうまい、体つきも映える、そして、まだ若い。
ミュージカルも含め、これからどのようにでも才能を開花させることができよう。
役者もよかったけれど、演出も冴えた。
彩の国さいたま芸術劇場の、奥行きのある舞台の奥の奥まで使って、
バックステージで稽古に励む演劇青年たちを点描したり、
観客席の通路を利用して劇場全体を巻き込んだり、
「四季か?」という感じもあったが、若々しさがほとばしってよかった。
また、「たけくらべ」の舞台は秀逸。
舞台の奥から祭りのちょうちんを提げて子ども達が走り寄ってくる宵宮の感じが幻想的だ。
舞台中央の柳を中心にして、右と左に同じ格子戸をしつらえ、
マヤと亜弓、ふたりの美登里が、同じ場面を並んで演ずる。
信夫を演じる桜小路役の川久保拓司がいい。
短いカットを重ねるようにして演じる「たけくらべ」だが、
単なる「マヤか亜弓か」だけのシーンとしてではなく、
心の琴線に触れる、非常に質の高い演劇の一つとして成功したのは、
川久保ら、脇の役者の力による。
川久保の桜小路は、マヤが好きだけどなかなかそれを言い出せない純情もよく表現していた。
「ハロルドとモード」では神父役が板につかなかったが、
若い桜小路役は適役。
声もよく響き、沈黙や背中にも余韻を感じさせ、実力のあるところを見せた。
この舞台化で、もっとも大変だったのは、きっと
「どう終わらせるか」だろう。
何せ、まだ終わってないのだから。
そしてどこで区切っても、その「後」をみんなが知っている。
その「後」を語らずに、マヤと亜弓の対決を語ったことになるのか?
蜷川は、
その着地点に「紅天女」を置く。
そして、二人の希望と未来を、天に託した。
清清しく、象徴的で、納得のいくフィナーレだった。
この大作を3時間以内にまとめた脚本は、青木豪。
音楽は、「半落ち」「ゲド戦記」そして宝塚の「鷹―エル・アルコン」の寺嶋民哉。
原作者である美内すずえ推薦だけあって、印象的な曲が多かった。
横田さんのソロの歌はちょっといただけないが、
ほかは大丈夫。
亜弓の母親役は、宝塚出身の月影瞳。さすがの歌唱力である。
劇団一角獣の団員・二ノ宮恵子役の黒木マリナも歌ときびきびした身のこなしで光った。
演劇の本質をテーマにした「ガラスの仮面」の、
その本質をとらえ、
読者のイメージを大切にしてあえて「蜷川マジック」を封印した蜷川は、
しかし「プロならここまでやってみろ」という高いハードルをきっちり用意して、
若者たちの力を大いに引き出したと思う。
S席が6000円という、破格の安さ。
「ガラスの仮面」ファンは必見である。
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