昨年暮れにシアタークリエのこけら落としとして上演していた
三谷幸喜の「恐れを知らぬ川上音二郎」。
常盤貴子とユースケ・サンタマリアってどうよ?
…と、チケット争奪戦の序盤を様子眺めで過ごしてしまったことがアダとなり、
気がつけば完売状態、ぜーんぜん入手の手がなくなってしまった。
「スチャラカポコポコ」でヴェニスの商人をやるとはどういうことか?
堺正章の早変わりが見もの、などなど
あちこちで聞かれる「面白かった」の声に地団駄踏んでいたのですが、
WOWOWにて、昨日ようやく見ることができました。
川上音二郎とマダム貞奴による川上一座が
明治時代にボストンで日本語による「ヴェニスの商人」を上演した、
それも「日本語なんてどうせわからないんだから」と
途中のセリフもいい加減というか、
つまったら「スチャラカポコポコ」で通した、という「史実」をモトに書いたこの話、
もちろん「喜劇」なんだけど、
どちらかというと、人情もの、というか、
一人ひとりの心情をうまく描いてしみじみする、といった仕上がりになっていると思いました。
三谷がもっとも得意とする「楽屋裏もの」
「いろいろな危機が訪れて右往左往する演劇人」のシチュエーション・コメディ。
人情に厚いが独りよがりでどんどん突っ走る座長がいて、
戯曲の芸術性を誰よりも尊びながら、結局は一座の都合でどんどん書き換えざるをえない
座付きの脚本家がいて、
絶対目立ちたい俳優がいて、
カネのことでのゴタゴタがあって、
スタッフからの突き上げもあって。
劇団内のややこしい恋愛模様を抱えながらも、
それによって劇団が分裂してしまうかといえば共同体として成立しているところとか、
そういう
「きっと三谷が通ってきた道だな」と思わせるエピソードをぜーんぶ入れ込んで、
「川上音二郎」の物語は作られています。
それにしても、
ユースケ・サンタマリアがいい。
このキャスティングを考えた人が、すごい。
「シャイロック」転じたさいろく爺さんも、ちゃんと演じている。
愚かで憎めなくて、考え付いたら後先考えずに突っ走る音二郎と、見事に重なる。
堺正章に言わせると、「ようやくセリフが入った」頃の収録のようだから、
最初の方に見た人は、「?」だったかもしれないけれど。
一方の常盤貴子。
たしかにセリフは入っているし、声も枯れたりしていないし、
悪くはないが、面白みがない。
板の上にのっている役者のうち、彼女一人だけ、「喜劇」を演じていないのだ。
コケてみせたり、笑いをとれ、と言っているのではない。
どんなにまじめに演技していても、見ている方が吹き出してしまうのが、喜劇役者。
そういうところがまったくない。
他の人は振り幅の大きい演技で観客の心をかき回し、新鮮な感情を生み出してくれるのだが、
彼女にそういうところはなかったように思います。
でも、
「彼女には、華がある」
それは劇中のセリフでも言われていること。
「あなたが舞台に出た瞬間から、観客はみなあなたのことしか見なくなる」…。
このことは、
WOWOW放映の直後についていた三谷幸喜のインタビューの中でも触れられています。
商業演劇のメッカとしての芸術座をリニューアルしてできた「シアタークリエ」
そこのこけら落としとして上演するものは
「商業演劇」。
三谷は、それを「お客さんが芝居より役者を観にくる舞台」と定義しました。
「同じ年にやった『コンフィダント・絆』では、お客さんは生瀬さんではなくゴッホを、
中井くんでなくスーラを観に来る。
でも『音二郎』は、常盤さんやユースケさんを、(そして堺さんを)観に来るんです」
そこに気づいたときから、三谷の芝居作りが始まったといいます。
それでも…。
私の中でもっとも印象深かったのは、今井朋彦さんの素晴らしい声とセリフまわしだったり、
戸田恵子さんの、「座長とのあれこれ」を語るときの表情だったりして。
物語では「ある事情」からアントーニオを二人出すことになり、
「セリフのわからないアメリカ人」に「演技」で自分がアントーニオだとわからせればいい、
と今井朋彦が言われがんばるんですが、
私には、戸田さんが「二人貞奴」を引き受けたようにさえ感じられた。
結局何が「華」か、
実力こそが人の目を引きつける、という真実の前には、
どんなことをしてもウソはつけない、と思いました。
最後に一つだけ。
このお芝居、最終幕は全編「ヴェニスの商人」ですから、
「スチャラカポコポコ」の代りに、本当ならどういうセリフが入るのか、
彼らのジェスチャーや表情だけで「ヴェニス」を理解したアメリカ人にとって、
どこの場面は何とカンチガイされていたのか、
つまり本来の「ヴェニスの商人」を全幕わかっているかどうかで、
楽しみ方の深さが違ってきてしまいます。
最初はシェイクスピア劇だったのが、いつのまにやら役者同士の内輪話にどんどん脱線し、
だけど節目節目で、ちゃんと帳尻合うように作られているという妙味を味わえなければ
面白みはちょっぴり薄まってしまいますね。
逆に言えば、そこがこのお芝居の弱点というか、
「何の予備知識がなくても、ただそこにいるだけでまるごと感動」するという
圧倒的な力はなかったように思います。
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