私が内博貴という人物を「シェイクスピア俳優」として認識したのは、今を去る12年前、2010年のこと。
帝国劇場で堂本光一主演の「Endless Shock」を観に行き、内博貴演じるリチャード三世が、未亡人アンを亡夫の柩の前で口説く場面に心奪われてからだ。以来、内博貴が主演するという舞台は「すべてを追いかける」ところまでいけていないものの、そのいくつかは観劇し、常に関心をもって注目していた。今回、念願の「シェイクスピア」に絡んだ芝居に出るというので、非常に期待して劇場に足を運んだが、期待通りの、いや期待以上の演じっぷりで、とても満足している。あの「リチャード三世」から12年。よくぞ真っ直ぐ育ってくれた! ジャニーさんも、きっと喜んでくれていると思う。
さて、作品は、映画「恋に落ちたシェイクスピア」(1998・脚本:トム・ストッパード)が原作である。グウィネス・パルトローとジョセフ・ファインズ主演で日本でもヒットし、第71回アカデミー賞では各賞を総ナメにした。脚本を書いたトム・ストッパードは著名な劇作家で、その出世作は「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」つまり、シェイクスピアの「ハムレット」からのスピンオフ作品である。このようにシェイクスピアのことを知り尽くした男が書いた脚本であるから、単に「実録ロミジュリ」的なお話だけにとどまるはずはない。あちらこちらにシェイクスピア作品の「名ゼリフ」がちりばめられているし、コメディタッチでありながら、女性が演じることは禁じられていた当時の世情についてや過激な政治風刺劇を書いていたマーロウの行く末などを織り込んで、テーマは深い。
今回の「シェイクスピア物語」は、これを原作とする脚本・演出を佐藤幹夫/モトイキシゲキが担当。ヒロインの名前をヴァイオラからジュリエッタに変更し、シェイクスピアの作品「十二夜」(男性と女性が入れ替わって繰り広げられる恋の話でヒロイン名がヴァイオラ)臭を最小限に抑え、ロミジュリに特化して話をわかりやすくして、とりあえず「ロミジュリ」さえある程度知っていれば、舞台が「二重構造」「入れ子構造」になっていることが観客に響くようになっている。そうした「わかりやすさ」の中にあって、女性なのに舞台に立ったために糾弾された名優の亡霊や、権力に「ペン」で立ち向かう人々の緊張感などはしっかりと残されていて、ストッパードの魂は十分に感じられる。
台本が俳優の手に渡ったのが3週間前で、非常に短期間で膨大なセリフを覚えなければならなかった、というが、内はしっかりセリフを自分のものにして感情の起伏もきっちり演じていた。すごいな、と思ったのは、シェイクスピアが俳優としてロミオを演じる場面。劇が進むうちに役としてのロミオとシェイクスピア本人の感情がないまぜになっていき迫真の演技となるのだが、冒頭の方は蜷川幸雄よろしく「俳優としてはイマイチ」な感じを出すところがあり、工夫を感じた。
また、ミュージカルなのかと思いきや、いつまでたっても内が歌わないので「これは彼は1曲も歌わないという縛りがあるのか?」と思っていたら、しっかり歌声も披露してくれる。3時間40分あったものを2時間40分に短縮したことにより、いくつかの歌は消えたのではないかと推測。しかし彼の演技はストレートプレイだけでも通じるものがあることは、12年前から確信していたのでちっとも「惜しい」とは思わなかった。
他の俳優も素晴らしく、特にヒロインの熊谷彩春の歌声が素晴らしい。彼女はミュージカル「笑う男」のヒロイン・デアのダブルキャストである。私は「笑う男」は観たものの、彼女の回は行かなかったので後悔した。次回、機会があれば、彼女の出るミュージカルのチケットはとろうと決めた。
劇作家マーロウと俳優でシェイクスピアの盟友ネッドの二役を演じる廣瀬智紀も魅力的だった。なんでこの人のことノーマークだったんだろう? 調べてみたらすごく芸歴が長い。え?1987年生まれってもう35歳? 20代にしか見えなかったから「若いのにすごい!」とか思ってしまった私が無知だった。イケメンもイケメンなのだが、声の演技がものすごい。二役をやっているという情報がなければ、別の人間が演じていると思ったかもしれない。
そして真野響子。エリザベス女王と亡霊ダンカン・ラズウィックの二役は、いずれもこの話の影の中心であり役者に大きさが求められるが、ものすごく大きな役者ぶりで舞台を引き締めた。これだから、いろいろ観ないとわかりませんね。稽古期間が短く昨日はまだ初日ということで、村上弘明などはまだセリフが入ってない場面も見受けられましたが、主演の内くんは完璧入って見事でした!
初日に観たので、人によってはセリフが入っていないのかもたつく場面もあったが、プロンプなどに助けられずその場を乗り切るプロの舞台。今後日々進化していくと思う。
2010年に観た内博貴のリチャード三世について、その時の衝撃はこちらの「印象その3」に詳しいので読んでほしい。
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