今期2度目の井上ヴォルフは、千秋楽。
行けてよかった。
井上くんのモーツァルトは、それは考え抜かれていて、
長いことこの舞台に立っている人ならではの緻密さが見えました。
もっとも感心したのは
(って、ここかい?って突っ込まれるかもしれないけど)
「フィガロの結婚」成功を二人で祝おうと待っていたコンスタンツェに
「乾杯? とれともキス?」って言われてベッドインするところ。
ここ、山崎くんで3回見て、3回とも「?」だったんですよ。
蝋燭の火を吹き消す→燭台をベッドサイドに置く→上着を脱ぐ→キス→ベッドイン。
なんか不自然。
そこを井上くんはちゃんと、
蝋燭の火を吹き消す→燭台をベッドサイドに置く→キス→上着を脱ぐ→ベッドイン。
そーでしょ、それが自然の愛の発露です。
あと、シカネーダーが初めて「チョッピリ・オツムに、チョッピリ・ハートに」を歌うところ。
シカネーダー(吉野圭吾)の歌う歌詞を
それこそ「チョッピリ」遅れて理解して、「チョッピリ」遅れて動きを真似する。
「ああ、なるほど、そういうことね」といわんばかりに。
この「初めて見よう見まねでやった振り」が
二回、三回とリフレインされるごとに、どんどん自分のものになっていく。
そして「ブルータス、お前もか」のところでは、
思いもかけずヴォルフが仕掛け、シカネーダーは受けにまわってうまくいなす、
といった具合。
お母さんが死んで「街はいつもどおりだ」のくだりも、
馬車や恋人たちがまるでそこにいるような空気を出していた。
また、
二幕に入ってからぐんぐんアクセル踏みまくりの山崎くんと違って、
井上くんのテンションガ最高潮になるのは1幕ラスト、
アマデにペン先を刺されるところ。
ここは、
2年前初めて「モーツァルト!」を観て、「えっ???」って息がつまりそうになったが、
そのときは話の展開をまったく知らなかったがために驚愕だと思ったけれど、
今回、わかっていても苦しかった。
ここで歌う「影を逃れて」の「殻を破る」という意味が
どんなにすごいことなのかがひしひしと伝わってきた。
これまでは単に
「もてはやされた昔の自分」の影から逃れたい、と聞いていた。
でも違う。
幼い頃の自分の音楽は、自分のものではなく父親に言われるままに作っていた。
自分には才能はあるけれど、それを「今の自分」を表現するために使いたい。
「哲学なんて知らない、馬鹿騒ぎが好きで爆発しそう」な、
「ワインの香りと赤い唇で夜毎慰め笑いと涙溢れる」
そんな自分の「生き方」「本当の人生」を、音楽で表現したいのだ。
そのために、何ができるのか。
すると、アマデが腕をつかんで、ペンを刺してくる。
命を削れ、と。
天才といえど、芸術家といえど、
自己模倣に陥らず、自分の「殻を破る」ことの難しさ。
「前と同じではイヤだ」という思い。
井上ヴォルフにはそんな「struggle(葛藤)」が見て取れる。
「自分の力で」音楽に向き合う形も、異なる。
山崎ヴォルフは、前に書いたように「星から降る金」の後、
急速にまっしぐらになっていく。
別荘では「魔笛」作曲が先だ、とコンスタンツェに向かって怒鳴る。
井上ヴォルフは微妙に違う。
冷静に、押し殺したような声で呟くのだ。
「レクイエム」の作曲シーンも同じ。
狂気の中で追い立てられるように筆を動かす山崎ヴォルフに対し、
井上ヴォルフはあくまで冷静。
丁寧に丁寧に、譜面を書いていく。
書くだけでなく、ピアノで弾いてメロディを確かめる。
そうだよね、ピアノの上で書いているんだから、
ピアノを使うのが当然だよね。
そして、静かに素早く楽譜を握りつぶし、捨て、次の譜面に向かう。
プロなのだ。
それまでは天分に任せて書き散らしていた、そう
譜面はまだだけど、「アタマの中」にはできている、といった
感覚的な、最初から最後まで書き直しのないような作曲の仕方だったモーツァルトが
推敲を重ねる自分を見出し、冷静に作曲する術を獲得する。
冷静であって、同時に感覚がいよいよ研ぎ澄まされるという瞬間を
井上は見事に表現したのである。
でも、今の自分では到達しえない、と覚悟を決めたとき、
アマデが白い羽根ペンを持ってきてくれるのだ。
今の自分だけで書く必要はない、昔の自分もやっぱり君なのだ、と。
誰に言われ、誰に求められ、誰のために書いたものであっても、
そこに輝いた才能はモーツァルトのもの。
昔の自分を捨てる必要はない。
昔の自分も含めて、すべてが「ありのままの自分」だと、
気づき融合するところで、幕は下りる。
だから井上モーツァルトの死は、志半ばであったとしても寂しくはない。
だから、井上ヴォルフの死に顔には、笑みが浮かんでいるのである。
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「モーツァルト!」については、
千秋楽のコメントやら、今年の「モーツァルト」総括をもう1回書きます。
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「モーツァルト!」(井上/香寿)千秋楽@帝国劇場(その1)
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