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「炎上」と「金閣寺」


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昨日、名匠・市川崑監督がお亡くなりになりました。
92歳。先月末より入院されていたということですが、
ちょっと前まで現役バリバリという印象が強かったので、
正直、まだ亡くなったという気がしません。
奇しくも東京・神保町シアターでは、文芸・映画特集として「中村登と市川崑」と題し、
両映画監督の作品の数々を上映していて、
それも市川監督の作品は先週末から始まったばかりでした。
私は14日の「炎上」を観に行こうと思っていた矢先、訃報が!
99席の小さな映画館ですが
そんなこともあってか全体的に席は埋まっていました。
シートなどは新しく、機能的で見やすかったです。
「炎上」はいわゆる金閣寺の放火事件を題材にした、三島由紀夫の「金閣寺」が原作です。
遅ればせながら、最近この三島作品を読んだ私は、
あまりの描写の素晴らしさに息をのみました。
そして、
この鮮やかで手づかみできるほどリアルな映像イメージを、
市川崑はどんなふうに作品に仕上げたのか、観たい観たいと思っていたのです。
結論からいうと、
正直言って、映画よりも小説から受けた衝撃の方が何倍も大きかった。
市川雷蔵扮する吾一は、吃音であることから無口で気弱で、少しいじけたように描かれています。
けれど原作の主人公は、もっとしたたかで、
人からどう吃音を揶揄されるかということより、
自分の頭の回転の速さに自分の喋りがついていけないことにこそ苛立っている
そんな冴え冴えとした人間、どこか傲慢さが漂う人間。
父親の死も、母親の浮気も、
醒めた目で、他人事のように分析的に見ている彼の内面が、
三島の筆致によって「どもりで愚鈍」といった外見のイメージから乖離して
すっと浮かび上がってきていたのです。
同じく、雄雄しい軍人の肌や汗の描写などに見られるねっとりとしたまぶしさや、
風雨で荒れた北陸のさびれた海を背景に、浜辺で行われる野辺送りの描写、
棺桶の中の父親の顔の描写などは、原作の筆力にまで到底達していません。
その上、
南禅寺の山門の上から偶然見てしまう出征する男に女が自分の乳を飲ませる場面や
母親が夫以外の男と同衾する場面、
GI相手の女に対する仕打ちなどは、
ふいを突かれ、戸惑うほどに衝撃的であるにも拘わらず、(というか、だからこそ?)
映画は設定自体を変え、ソフトにしてしまった。
原作を知っている者としては、肩透かしを食ったような気分でした。
時代の要請か、純文学という枠組みゆえか?
これらの場面が本当に「映画のように」描かれているだけに、
そのまま映像化されなかったことは、ものすごく残念でたまりませんでした。
「私は蜂の目になって見ようとした」から始まる夏菊の花の描写など、
読んでいるだけで菊の黄色とうるさいほどの蝉の声と、太陽の熱とがわが身を包む。
この描写を、どこかにインサートカットしてくれていたら……と、ないものねだりは止まりません。
とはいえ、
中村雁治郎扮する寺の住職(老師)は絶品。
聖職者としての自覚があるようでいて、実は非常に俗物。
しかし、心の底では仏に帰依している。
その揺れ具合をちょっとした仕草、目の色で表すとともに、
全身から匂い立つような京都の粋人の雰囲気が素晴らしかった。
足が不自由な友人・柏木を演じた仲代達矢は、まるで原作から抜け出たようでした。
「どもれ、どもれ!」と吾市をけしかける柏木。
「見える」障害を抱えた柏木が、黙っていれば「見えない」障害・吃音を持つ吾市の覚悟のなさを
あのぎょろっとした目をひんむいて容赦なく攻撃するところは、
原作と同じく、見ているこちらの心をも激しく揺さぶります。
但し、
ここまで「攻撃タイプ」の男なのに、やっぱり面とむかって障害のことを言われると
「かたわだなんて、絶対に言うな!」などと切れまくるところは鼻白む。
彼はもっと超越している。
「足が悪いからこそ、オレはもてるのさ。オレからこの足をとったら、何にもなくなる」
といった考えさえ披露しているのだから。
二人の障害者の、時代を越えて今尚新鮮な誇り高き心理を、
この映画はきちんと把握できていない感じがします。
それは、制作者の、というより、時代の限界なのかもしれない。
特に、
ラストを見てその気持ちを強くしました。
原作の最後の一文をまったく無視した結末に、
私は一瞬混乱してしまったほどです。
最後に。
金閣(映画では鹿苑寺からクレームがついて名前が変わっているが、金閣にまちがいなし)
に火をつけて燃やす場面は、
原作では火の中で見る金閣の内部の美しさが、惚れ惚れするほどに描かれています。
主人公はその火の中で金閣を支配しようとするのですが、
逆に金閣から「拒否」されてしまったと感じ、
金閣とともに果てようとした企てを捨て、負けて逃げ出します。
そのあたりのことは、映画では何も伝わってきませんでした。
つけた火が、床や天井をなめるようにして広がっていくさまは見ごたえがあったものの、
それは「火」の美しさであって、「金閣」のそれではなかった。
今と違ってVFXとかSFXとかないし、
難しかったのかなー。
ここも大きな見所だと思っていたので、ほんと残念。
こんな日なのに、
クレームつけてばかりで、バチ当たりですね、私。
結局、先に原作に触れてしまった私は、
市川監督の作品を観に来た、というより、自分の中に生じてしまった映像を
スクリーンの上で追体験したい願望にとらわれすぎてしまっていたのかもしれません。
市川さんのご冥福を心からお祈りしています。
神保町シアターの市川崑監督作品上映は、3月7日までです。

金閣寺改版

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