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戯曲「黒蜥蜴」


黒蜥蜴
文庫だが、戯曲「黒蜥蜴」のほか、
昭和37年、43年に書かれた三島自身による「黒蜥蜴」に対する思い、
三島由紀夫・江戸川乱歩・杉村春子・芥川比呂志などによる座談会(昭和33年)、
昭和44年、三島由紀夫と丸山(美輪)明宏の対談、
平成19年、この文庫が出版されるにあたって書かれた美輪明宏の解説など、
ある意味、「黒蜥蜴」のすべてがここに詰まっているといった本である。
戯曲を読むと、
美輪が実に三島の戯曲に忠実に劇を作っていることがよくわかる。
ただし生前の三島に
「くれぐれも『何だか古臭いね』と言われない様に時代に合わないおかしな所は手直ししてくれ」
と頼まれていたこともあり、
なくもがなの差別用語が飛び交うセリフなどはまるごとカットされているし、
「女がブルー・ジーンズを履く時代」は「女がサッカーをする世の中」に、
電話で聞いた言葉を速記するところは、FAXに、と少しずつ変更はされている。
しかし、
いずれにしても大時代的な舞台であり、
そこがまた、この舞台の魅力でもあることは言うまでもない。
もし演劇に「ジャンル」というものがあるとしたら、
この「黒蜥蜴」はどこに属するのだろう。
テント小屋などで打たれる芝居とちがうのは当然としても、
商業演劇のようなニオイがして、そうでもない。
ウェルメイドではあるけれど、
たとえば蜷川幸雄作品とか、井上ひさし作品とか、三谷幸喜作品とか、
そういう類でもない。
いうなれば、これは「美輪明宏と三島由紀夫が作った舞台」という一つのジャンル。
他のどこでもお目にかかることはない。
通俗であって、かつ芸術的。
現実離れした筋でありながら、真実がちりばめられている。
それらの要素は、すべて三島の戯曲に源があり、
それらを逐一、美輪が体現していく。
かてて加えて、
美輪のすごいところは、「文章を読み込む」力があるという点だ。
三島の時代がかった、時にはハナにつくような文章は、
小説ならいざしらず、
舞台上でつらつら語ったからといってすぐに意味が飲み込めるシロモノではない。
ちょっと聞いただけではわけのわからない隠喩、思わせぶりなやりとりが続く。
詩歌を謳いあげるような、長いセリフが多い。
だから芝居全体もかなりの長帳場(3時間)。
そうかと思えば、場末の酒場で繰り広げられるメロドラマ、
花月の舞台か?と思わせるほどのドタバタ。
それらを、一つの大縄をないあげるように、ぐい、ぐい、とまとめていく力。
なぜ、それができるのか。
美輪の言葉にこんなものがあった。
「これまでいろんな方が『黒蜥蜴』を上演されてきましたけれども、
 なぜあまりうまくいかなかったかというと、
 …(中略)…三島さんのことを知らないからですよ」

美輪は三島との交流の中で、三島の芸術的バックグラウンドだけではなく、
三島の子どもっぽい劣等感や野心、人からもてはやされたいという気持ちまで知っている。
この『黒蜥蜴』のセリフの隅々まで、
美輪は三島の「願望」で埋め尽くす。
「ひとつのセリフの中に、『夜』と『晩』という言葉が出てくるんですが、
 それがなぜなのかということをみなさん考えない。
 …(中略)…ぜんぶ計算してゆくわけです。
 そうすると、深くて大きい、感動的な芝居になるんです。
 そうしないと、三島(由紀夫)戯曲や寺山(修司)戯曲は成立しないんですよ」

「…(私が演ると成功するのは)…私の役者としての腕というよりは、
 解釈の問題なんですよ。
 難解なレトリックの多い文言を解釈して、そして、それをいろんな技術を駆使して、
 三階のてっぺんで観ているお客さんにまで的確に理解させる、ということなんですよ」

三島由紀夫は言っている。これは
「卓上に飾られた巨大な華麗なデコレーション・ケーキに、
 よく見るといっぱい蛆が巣食っているという感じの、美的恐怖恋愛劇」だと。
こうも言う。
「主人公の黒蜥蜴は、19世紀風フランス大女優の役どころで、どこから見ても、
 tres tres grande dame(それはそれはごたいそうな、威厳ある婦人)でなければならない」
彼の頭の中には、
『天井桟敷の人々』のガランス役・アルレッティのイメージがあったかもしれない。
まわりには絶対いないような、
オーラがあって妖艶で華麗で、そして毒をふくんだ存在。
かつ、詩を歌うように長ゼリフを語れ、
すべてのシーンの意味を、作者と同じように、もしかしたらそれ以上に理解している女優。
それは、美輪しかいないのだ。
1993年、再演に際し、美輪は美術・演出もてがけている。
美輪の縦横無尽の芸術観を駆使して、「ホンモノ」へのこだわりはそれ以前のものに輪をかけた。
「解釈の問題」。
まさにそうだろう。
今、ル・テアトル銀座の舞台では、美輪が解釈した三島の世界が、時を越えて花開いている。

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